第32話 で?
愛の着ている、白いワンピース。その服装について、似合っているか聞かれた将は……その質問に、思わず固まってしまっていた。
まさかそのようなこと、聞かれると思っていなかったからだ。
「……女の子が聞いてるのよ。固まってないでなんか言ったらどうなの?」
「え、あ、あぁ」
鈴に小突かれ、ようやく将は我に返る。
ドクンドクンと、心臓が高鳴る。制服姿も似合っていたが、これは別格だ。
というか、似合わない服なんてあるのか……と思ってしまう。
声が、うまく出ない。喉が渇く。
しかし、将の反応に不安そうな愛の表情を見て……そんなもの、どこかへ行ってしまった。
「に……似合っ、てる。すごく……っ、似合ってる」
ようやく、言えた。似合っていると。声が震えていないだろうか。
その言葉は、確かに愛に届いた。それは愛の反応を見ればわかる。確認し、将はほっと息を撫で下ろす。
本当は、もっと気の利いた言葉を言うつもりだった。だが、その結果がなんとも……色のない、当たり障りのないものになってしまった。
鈴相手だと、このようなことはないのに。というか、女の子の服装を褒めるなんて初めてだ。
「ありがとうございます」
将の言葉を受けた愛は、ほんのりと頬を染めて……微笑を浮かべて、お礼を言った。
それは、クラスの中でも浮かべることが多くなった笑顔ではなく……間違いなく、将だけに向けられた笑顔だった。
「…………ぃった!」
その表情に見惚れていた将だが、ふいに足元に走った痛みに表情を歪めた。
いったい何事か。これは、誰かに足を踏みつけられている。
この場でそんなことをするのは一人しかいない。
視線を向けると、やはりそうだった。
「な、なにすんだ鈴!」
隣にいた鈴が、将の足を踏んでいたのだ。
なぜか、つまらなそうな表情をしているのが気になるが。いきなり足を踏まれた将にとってはそれどころではない。
「ふんっ、なによデレデレしちゃって」
「だ、誰がデレデレなんて……」
「で?」
「……は?」
ぶすっとした鈴の態度に、将は混乱する。
先ほどは、愛の服装について気付かせてくれたが……そのときも、なんだか不機嫌に見えたように思う。
さらに、足を離したかと思えば、ジト目を向けたままの鈴が言葉を続ける。
いきなりそんなことを言われ、その意味がわからない将は首を傾げた。主語もなにもない言葉なのだ。
意味がわかってない将の様子に、鈴はムッとした表情を維持したままだ。不機嫌なのは明らか……なにか、言わないと。
だが、意味がわからないと言葉を返せばますます不機嫌になるだろう。いったい、どうすれば……
「……鈴さんは、自身の服装についての感想を求めているのかと」
「!」
そんな、困惑の中にいた将の耳元で、愛が小声で鈴の意図を伝える。
それが本当に、鈴の求めていることなのかはわからない。だが、他に可能性が思い当たらないし……
なにより、愛の言葉を聞いてようやく理解した自分がいるのだ。
鈴が、自分の服装の感想を求めているのだ、と。なぜかそう理解できた。
「……」
将が愛に感想を述べているのを見て、鈴も同じように言って欲しくなったのだろうか。
まさか鈴に限ってそんなことはないだろう……そう思いながらも、将は改めて鈴の格好を見つめた。
どのみち、二人いるのに片方にだけ感想を言うのは失礼だ。
鈴が着用しているのは、カジュアルなティシャツと短めのデニムパンツを組み合わせたものだ。活発な鈴らしさが表れている。
さらに、おしゃれを意識してかいつもとは違った髪型だ。長い後ろで一本にまとめ、いわゆるポニーテール。
ぶっちゃけた話、よく似合っている。
「あぁ……まあ、いいんじゃねえの」
普段から軽口を叩き合っている、鈴。彼女を素直に褒めるというのは、なんだか愛に対するものとはまた違った照れくさいものがある。
なので、将は視線をそらして、ぶっきらぼうに告げた。
しかし、それが鈴にとって最良の言葉なはずもなく。
「な、なによそれ!」
「いって!」
再び、将の足を踏んづけた。今度は、先ほどとは違い思いっきり。
足元から走る痛みに、将は苦しみの声を漏らす。
それを見て、鈴は足を退かして……またも、踏んづけた。
「なんで! 愛には! 似合ってるって! 言っといて! 私には! あんな!」
「痛い痛い痛い! やめっ、やめろっての!」
地団駄を踏むように何度も足を踏まれ、さすがに将も声を張り上げる。
抵抗するように鈴の肩を押すと、ようやく動きを止めた鈴が睨みつけていた。「ガルルル……」と唸る姿はまるで獣のようだ。
先ほどは鈴の気持ちがわからなかったが、今度ばかりはさすがにわかる。
「……悪かったよ。ちょっと、なんつうか……あれだよ、あれ」
「なによあれって、男ならはっきりしなさいよ!」
まだ言いにくそうにしている将に、鈴が吠える。男ならはっきりしろと。
それを受け、将は頭をかくようにして、「あー!」と声を荒げた。
「に、似合ってるよ! けど、なんか素直に言うのが恥ずかしかったんだよ! 察しろバカ!」
「なっ……」
もうヤケクソだ、と言わんばかりに、将が叫ぶ。
その言葉を受け、愛の顔はボッ、と真っ赤に染まり上がった。いや爆発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます