第33話 いいな……
将に、今日の服装の感想を求めた鈴。
鈍い将だったが、なんとか鈴の服について感想を述べた。しかし、それは感想とも呼べないものだった。
それに不満を感じた鈴は、ちゃんと言えと迫り……やけくそ気味になった将はついに、本心を告げる。
『に、似合ってるよ! けど、なんか素直に言うのが恥ずかしかったんだよ! 察しろバカ!』
瞬間、鈴の顔は真っ赤に染まる。
まさか、そんなことを言われるなんて思っていなかったのだ。
いくらこちらからけしかけたとはいえ、こんな言葉が出てくるなんて誰が予想出来る。
やけくそな将の適当な言葉……ではないのは、将の顔を見ればわかる。耳まで、赤い。
将は昔から、本気で照れると耳が赤くなる癖があるのだ。
「え、ぁ……さ、察しろってなによ、そんなの無理に決まってるでしょ!」
しかし、その顔を見たおかげでなんとか落ち着くことが出来た。いや、落ち着けている……とは残念ながら言い切れないが。
それでも、なんとか言葉を返すくらいには、元に戻った。
「何年の付き合いだと思ってんだ、わかるだろ!」
「わかんないわよ!」
将も、らしくないことを言ってしまったが……鈴の言葉に、反射的に言葉を返す。
それからはもう、お互いに言葉のぶつけ合いだ。
ぎゃいぎゃいぎゃいぎゃい……と、二人の男女は言い合いを続けていく。二人とも興奮しているからか顔が赤い。
察しろと言う将と、無理だと返す鈴……それを間近で見ている愛は、どこかホッとしている気持ちがあった。
目覚めたときに、将と鈴は一緒にいた。幼馴染というやつだからだ。その二人が、仲が良くないのは悲しい。
「……」
今は、言い合いをしているが……今のは、仲が悪いから喧嘩をしている、というわけではなさそうに思える。
気の知れた間柄だからこそできる、じゃれ合いのようなもの。
それを見て、本気で喧嘩をしていないのだと悟った愛はホッとした気持ちと……
「……?」
なぜだか、胸の奥にチクリとした感覚があるのを知った。
それからも、二人の言い合いがやみそうにないのを察し……愛は、二人の間に割って入ることにした。
「愛さん、将さん。そろそろよろしいですか」
「止めないで鈴! この唐変木、今日という今日こそは……」
「おう、俺だってこのわからず屋に……」
「しかし……時間は有限、限られています。
それに、どうやら注目も浴びているようです」
「「え?」」
二人の剣幕に圧されることなく、愛は言葉を続けた。
それでもなかなか言い合いをやめようとしない二人に、愛は近くの時計台を見上げる。揃ったのは待ち合わせ五分前だったのに、すでに待ち合わせだった時間を過ぎている。
それだけならまだしも……周囲からの視線が集まり、それが増えていることを伝える。
「……」
これまでは、愛だけに向けられることが多かった視線。……しかし、今回ばかりは視線の中心に居るのは、鈴と将だ。
なんせ、先ほどからずっと言い合いをしているのだ。
いくら今日が休日で、ここが駅前という賑わう場所で、多少騒いでも気にも留められないだろうとはいっても……ずっとぎゃいぎゃい騒いでいる男女がいれば、注目されるのも必然だろう。
ようやくその事実に気づき、将と鈴は別の意味で顔を赤くした。
「そ、そろそろ行こうか……」
「そ、そうね……」
人々の視線を集めるほどに騒いでしまった事実に、さすがに二人とも恥ずかしくなり……おとなしくなる。
足早にこの場を去ろうとしているのを愛も感じ取り、二人の歩幅に遅れないようについていく。
ある程度離れたところへ移動したところで、将と鈴がどちらともなく「はぁ」と息を漏らした。
「まったく、将があんなところで騒ぐから……」
「それはこっちの台詞だ。鈴が騒ぐから」
「なによ」
「なんだよ」
またも睨み合う二人の間に、愛は早々に割り込む。
「まあまあお二人共。ここは一つ、昼食といきましょう」
パン、と手を叩いて、これからの予定を決める。
待ち合わせたのは昼前であり、ちょうど昼食時。そのことを意識させると、将も鈴も軽くうなずいた。
「そ、そうね……なにか、食べましょうか」
「だな」
愛の言葉に、再び落ち着きを取り戻した将と鈴。三人は食事をするため近くにいい店がないか探していく。
今日は元々、ショッピングモールで買い物の予定だ。そのため、飲食店も多い。
移動しながら、愛はぼんやりと前方の二人を見つめた。
喧嘩……とまではいかない言い合い。お互いに気を許せる相手だからこそ、ああいったことができるのだろう。
それは、愛にはきっとできないもの。そんな相手もいないし、そもそもあんな風に感情を表に出すようなことはできない。
だから……
「いいな……」
ぼそっと、愛はつぶやいた。
「? 愛、今なにか言った?」
「え……い、いえ、なにも」
その言葉に反応したのか、鈴が振り向いた。思わずつぶやいた言葉だ……内容までは聞かれていない。
しかし、声が聞こえていた事実にはっとして、愛は首を振った。
まさか、言えるはずもない……将と鈴、二人の関係がとても羨ましく思えたなんて。
「……?」
なんで、言えるはずもないのだろう。別に、言っても問題はない言葉のはずだ。
それなのに……どうして。以前ならば、きっと否定する間もなく正直に話していたのに。
二人の関係性が羨ましいと、二人に話すのが……なんだかとても、嫌だと感じてしまう。
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