第30話 ショッピングしようよ!



「お出かけ……ですか?」


「そう、ショッピングしようよ!」


 それは、ある日の夜。リビングでくつろいでいた愛は、鈴から受けた言葉を復唱した。

 鈴が提案したのは、お出かけ。今度の休日に、揃って出かけようというものだ。


「ほら、これまでは放課後にあちこち回ることはあっても少ない時間だったし、休日はお父さんの付き合いとかでなかなか遊びに行けなかったじゃない?」


「……確かに、これまでは時間の確保が難しい状態にはありました」


「だから、今度のお休みに行こうよ!」


 鈴の言うように、これまでは放課後や休日にまとまった時間は取れなかった。

 それが最近は、愛の自由な時間も増えてきたのだ。


 よって、鈴は以前から考えていた、二人でのショッピングを提案したのだ。


「はい、もちろん構いません」


 その提案を、愛が断ることはない。

 微笑みを浮かべて、軽くうなずいた。その反応に、鈴がガッツポーズを浮かべた。


 自分と出かけることをこんなにも喜んでくれるのだと、愛は嬉しくなっていた。


「やったー。せっかく女の子同士、ゆっくりじっくり買い物をしようよ」


「……女の子同士」


 ふと、愛の中に感じる違和感。

 鈴が、自分とのお出かけを喜んでくれているのは嬉しい。だが、それは……『二人で』のお出かけということだ。


「あの……」


「ん、どうかした? 気になることでもある?」


「……将さんは、一緒ではないのですか?」


 遠慮がちに、しかししっかりと手を上げて問いかける愛。その内容に、鈴の言葉と動きが止まった。


 今は、二人で出かけようという話をしていたはずだ……

 なのに、そこにどうしてここにいない将の話が出てくるというのだろうか。


「えっと……将は、まだわかんないかなぁ。部活かも、しれないし」


 まだ、とは言うが実際に誘うつもりがあったわけではない。

 そりゃ、鈴だって将と出掛けたい。だが、将と愛を同じ空間にいさせるのは、なんだか嫌なのだ。


 しかも休日のお出かけなどと。そんなのまるで……


「……愛は、将がいてほしいの?」


 それを、聞いてしまった。聞かずにはいられなかった。

 この場には居ない、男の子の名前を。一緒に出かけると言っていたわけではない、男の子の名前を。


 だって、あんな言い方はまるで……将がいないのが不満で、一緒にいて欲しいと言っているようではないか。


「それは……そう、かもしれません」


「……っ」


 そんな鈴の問いかけに、愛はおずおずとうなずいた。

 その答えに、鈴は思わず絶句する。


 まさか、こんな真っ直ぐに認めるとは思わなかった。

 そもそも、なぜ将に一緒にいて欲しいというのだ。なぜ、そんなことを?


「そ、うなんだ」


 鈴はなんとか、言葉を絞り出す。声は震えていなかっただろうか。なんだろうこれは、口の中が渇く。

 いや、深い意味はない。鈴と将が、愛にとって特別な人間だから……だから、一緒にいないのかと、聞いてきただけだ。


 それだけだ。それ以外の理由なんてないはずだ。


「……あの、元々、誘うつもりはなかったんだけど……」


 鈴は、本当は誘うつもりはなかったのだと告げる。本当のことを言って、愛の反応を確かめるのだ。


「……そうだったん、ですか。

 あ、別に鈴さんと二人が嫌、という意味ではなくっ」


 将がいない。それを聞いた愛の表情はわかりやすく沈んでいた。

 それでも、鈴に不快な思いをさせようとしない考えでいるのは素晴らしいことだ。


 そんな健気な彼女を見ていると、なんだかおかしくなる。さっきまではもやもやしていたというのに、不思議な感覚だ。


「……一応、話はしておく」


「! あ、ありがとうございます!」


 だから愛が言えるのは、将に話をしておくと、それだけのことだ。まだ彼が来るともなにも決まっていない。

 それでも、愛はお礼を言った。


 鈴としてみても、将を誘うつもりはなかったとは言え、いるかいないかで言えばいたほうがいいに決まっている。

 なんせ鈴にとっても、将とのお出かけは久しぶりなのだから。


「それじゃ、お出かけ用にちょっとはおめかししてもいいんじゃない?」


「おめ、かし?」


「おしゃれってこと。せっかくの外出なんだし、制服でってわけにもいかないでしょ」


 愛には、休日のお出かけを楽しんでもらいたい。

 彼女にはいくつか私服が提供されている。そのほとんどが、鈴の着なくなった服のおさがりだ。サイズは同じだし、新しく買う必要はないと考えたのだが。


 せっかくのショッピングだ。愛の服を買いに行くのもいいだろう。


「ま、服を買いに行くにしてもとりあえずは今ある服で準備するしかないんだけど……そこは任せてよ!」


 コーディネートは任せてくれと、鈴は胸を叩いた。

 愛が、将のことをどう考えているのか……わからない。だが、そのことでもやもやしたって仕方がない。今はとにかく楽しむことを考えよう。


 考えてみれば、こうしてみんなでワイワイと楽しめる時間は、愛にとって初めてのことなのだ。これまでは家の中や学校など、閉鎖的な空間だった……

 しかし、ショッピングという解放的な時間は、愛にとって新たな刺激となるはずだ。


 鈴にとっても、きっと。

 だからうんと、楽しんでやろうではないか。

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