第三章 アンドロイドと感情

第28話 妙なもやもやを感じることがあるんです



 アンドロイド……廻間 愛はざま あいと名付けられた一体の少女。彼女の使命は、人の感情を学ぶこと。

 そのために科学者、廻間 邦之助はざま くにのすけによって制作された。そして人の感情を学ぶ方法とは、高校に通うことだ。


 元々高校に通っている、邦之助の娘である廻間 鈴はざま りん。その幼馴染である笠凪 将かさなぎ しょう

 二人のサポートの下、二人が通っている高校に転入することで、愛も学校生活を送ることになった。


 はじめこそ、慣れない学校生活……いや人間生活に困惑していた。

 だが、人と接していくうちに、その気持ちは和らぎ……徐々に、確かに"楽しい"という気持ちが生まれてきていた。


 惜しむらくは、生まれた感情を愛が感情と理解できないこと。


「ほほう……これはなかなか、興味深い」


 研究室兼自室で、愛の得たデータを見ながら……邦之助は口端を上げ喜んでいた。

 愛の頭にはヘルメットのようなものが装着されており、そこにはいくつものパイプのようなものがついている。


 ヘルメットは愛の脳波データを解析し、パイプを伝って愛の収集したデータをモニターへと移動、映し出す。

 いろいろな数値やらグラフが出ているが、愛の目にはそれがなにを意味しているのかわからない。


 だが、喜んでいる邦之助を見るに自分はどうやら役に立てている、ということは理解できた。


「博士のその仕草は、喜び……で合っていますか?」


「んん? あー、そうだな……喜び、楽しさ、そういった感情だ」


 人は、笑顔を浮かべている時はだいたいが喜んでいる。楽しんでいる。

 人と暮らしていった中で、愛が得た感情見極めの一つだ。

 感情がわからなくても、その人の表情を見れば判断することができる。


 だが、ただ笑うにしてもそこにはいろんな意味がある。楽しいから笑っているだけではない……笑っているが怒っている、笑っているが泣いている、なんてこともあるのだ。

 たった一つの仕草の中に、いくつもの感情が込められている。


「……感情とは、難しいものです」


「そうだな。我々人類だって、感情というものを完璧に理解したわけではない。人間が誕生したときからずっとあるものなのに、未だ全容がわからないんだ。面白いだろう」


 邦之助は、実に楽しそうに話す。

 愛という、人間と区別がつかないほどのアンドロイドを作り、そして感情を覚えさせる。それこそが、邦之助の目標。


 感情というものを理解し、それを感じることができれば……


「……博士は、なぜ私に感情を学ばせて、その先はなにを考えているのですか?」


 ふと、愛が聞いた。

 アンドロイドを作り、そのアンドロイドに感情を覚えさせる。ならば、その先は。


 アンドロイドに感情を覚えさせることで、その先になにを考えているのか。まだ、聞いたことがない。


「なぜ、か……そりゃ、やってみたいからだ。感情のコントロールなんてことができれば、人類史に残る偉業になると思わんか!」


「偉業、ですか」


 やはりこの人は、生粋の科学者だ……愛は、そう思った。


 作りたいから作る。気になるから調べる。人間誰しもが持ちうるものでありながら、邦之助にはそれを実現させるだけの技術と金がある。

 事実、アンドロイドを作るのだって莫大な費用がかかっている。


 正直な話、人間と見違うほどの容姿に、表情の変化まで備わったアンドロイドを発表すれば、それだけでどれほど評価されるか。


「私は、やるからには徹底的にやりたい。ロボットなど、アンドロイドなど作ろうと思えば誰にでも作れる」


「そうでしょうか」


「まあ今のは言葉のあやだが。

 しかしただしゃべって動くだけのアンドロイドよりも、人の感情を模したアンドロイドがより精巧だと思うだろう」


 感情を持つアンドロイドを作るのが邦之助の目標。別に、誰かに評価されたいわけでも自慢したいわけでもない。

 だが、科学者の性として。完璧を求める者として、自身の成果を誰かに見せびらかしたいのもまた矛盾を孕んだ気持ち。


 誰にでも作れるものではだめだ。廻間 邦之助その人だからこそ、発明できるものでなければ。


「愛のデータを見るに、求めるものは順調に手に入っているようだ。さすがだよ」


「ありがとうございます。

 ……あの、博士」


「なんだ?」


「少々、気になることがあるのですが」


「ほう、なにかね?」


 少し言いにくそうな仕草で……言うべきか迷っているそんな目をしていて……

 しかし覚悟を決めたように、愛は手を上げた。


 愛が自発的に発言をするのは、いいことだ。近頃では、その傾向も増えてきたように思う。

 人と……鈴と将と接するにつれ、変化が訪れているのだ。


「……わからない、妙なもやもやを感じることがあるんです」


「妙なもやもや」


「はい。鈴さんや、クラスの皆さんと話している時はなんともないのです。

 ですが……将さんと話していると、変なんです」


「ほうほう」


 ポツポツと話し始める愛の告白に、邦之助は食い気味に話を聞いていた。

 なんとも興味深い話だろう。一個人に対し……それも異性に対して、妙なもやもやを感じると言うのだ。


 それだけ聞いたところで、まだ断定はできない。なので、邦之助は質問をぶつけていく。


「将くんと話していると、動機が早くなり身体が熱くなる?」


「! その通りです。いえ……それだけではありません。近づいたり、ふと手が触れたときにも、同じような現象が」


「なるほどなるほど。なら、将くんが他の女の子と話していると嫌な気分になる?」


「……嫌な気分、というのはわかりませんが。しかし、こう……胸の奥が、きゅっと締め付けられるような、そんな感覚があります」


「ほほほぉ!」


 会話を続け、邦之助のテンションはめちゃくちゃ上がっていた。

 愛は、自分が作ったアンドロイド。つまり自分の子供も同じだ。


 娘とこうして、思春期特有の話で盛り上がっている。なんとも素晴らしいことだろう。

 邦之助にとって、愛のもやもやした気持ち……いわゆる青春は、まるで彼自身を若返らせているかのように思えた。

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