第27話 少しは、知ることが出来たのでしょうか



「わー。今までこんな点数取ったことないわ!」


 教室内に、明るい声が響いた。

 それはクラスメイトの女子のもので、その手には紙が握り締められている。


 ふるふると肩を震わせていたかと思えば、手放しに喜びを表現している。

 そして、愛のところへと駆け寄り、彼女の手を取った。


「ありがとう愛ちゃん! 愛ちゃんのおかげで乗り切れたよ!」


「それはよかったです。ですが、結果を出したのはさかきさんの努力の賜物ですよ」


「愛ちゃん!」


「そこ、席に戻りなさい」


 クラスメイトが一喜一憂している理由……その理由こそが、今が先日行われたテストの返却日だからだ。

 その中で、テストを返された者ほとんどが喜びにあふれていた。今の彼女もその一人……「はーい」と自分の席に戻る。


 喜びに震えるその理由は、返ってきたテストの点数が自分の中でもかなり上出来のものだったからだ。

 そして、みんなが愛に感謝を述べる理由……それが、愛の勉強会によるものだからだ。


 愛は、なにも鈴と将とだけ勉強会をしていたわけではない。クラスメイトと、日々勉強会を開いていたのだ。


「以上、これで全員だな。今回はみんな、頑張ったみたいだな。だが、これに満足せずにもっと上を目指す努力を……」


 教師の言葉を聞きながら、愛は己のテスト用紙を眺めていた。

 そこにあるのは、変わらず満点の証。これまでのテストでも、満点を取ってきた愛。その事実はクラス内でも周知だ。

 だから愛が、テントの点数に自信がなかったクラスメイトに泣きつかれるのも、また必然だと言える。


 成績優秀の愛に勉強を教えてもらおうと、数人のクラスメイトがお願いした。

 それを愛は快く受け入れ、その結果として勉強会を受けた生徒の点数を上げることに成功したのだ。


「……すごいな、愛は」


「え?」


 自分がクラスメイトに頼られたことを思い返してわずかに微笑んでいたが、隣の席の将に話しかけられたことで愛は首を動かした。

 これまで、隣の席でありながらあまり話してはこなかった。まして、将から話しかけてくるなんて珍しい。


 愛は、目を何度かぱちくりとさせる。


「いや、ただでさえ点数いいのにさ。他の人に教えることも出来て……しかも、教えるのがうまいって評判だったんだろ?」


「……皆さんの理解力が高いからですよ」


「だとしても、みんな愛に感謝してる」


 ……こんな機会があるなんて、思ったことがなかった。

 自分は人から感情を学ぶ立場なのだ。誰かにものを教えるなんて、予想もしていなかったことだ。


 学生にとって、学業は切っても切り離せないものだ。その学業でみんなの役に立てたのだとしたら……


「嬉しい……」


「え?」


 ぽつりと、口から漏れ出た言葉。愛自身、気付かないうちに漏らしてしまった言葉だ。

 はっと口を押さえた。この距離でも、なにを言ったかは将には聞こえてはいない……だが、なにかを言ったのはわかったはずだ。


「……これが、嬉しいという気持ちなのでしょうか」


 だから愛は、今度は将へと問いかけるように……言葉を漏らした。


 誰かに教え、そして感謝される。そのときに感じた、このあたたかな気持ち。

 もしもこれを、嬉しいという気持ちで表すことができるのなら……やはりクラスメイトとの交流は、感情を学ぶことが出来る。


 教えてばかりではない。みんなに教えてもらっているのだ。


「私……少しは、知ることが出来たのでしょうか。感情というものを」


「……うん、だと思うよ」


 自信はない。それでも、どこか確信はある。

 愛にとって、これは大きな一歩なのだと。


 その後、休憩時間になると愛の周りに人が集まった。

 それは、これまでのように転入生にいろいろ聞いたりするものではない。勉強会により、点数が上がった者たちのお礼の時間だ。


「ホントありがと愛ちゃん、こんな点数取ったの初めてだよ!」


「うんうん、教えるのも上手だし、先生とか向いてるんじゃない!?」


「しかも、みんなに教えてくれたのに愛さん自身の点数はキープしたままなんて!」


 わいわいと、黄色い声が響く。

 美人で、運動ができて、性格もよくて、そして勉強ができる。これで人気者にならないはずがない。


 一人ひとりの言葉を受け、愛は丁寧に言葉を返していった。

 無視することなく、自分の言葉に対して丁寧に返答してくれる……これも、愛が人気になる一つだ。


「皆さんに教えるのは、自分に対しての復習にもなりますので。今後とも遠慮なく、なにか問題があればおっしゃってください」


「キャー!」


 キャッキャと、喜びの声があふれる。

 そんな女子たちを遠目に、喜びとはまた別の感情を向けている男子たちがいた。


「くっそー、こんなことなら俺らも勉強教えてもらえばよかった!」


「まったくだな……まさかあの赤点必死の榊まで高得点とは」


 それは、今回愛に勉強を教わらなかった男子たち。

 あえて教わらなかった者、時間が合わずに教えてもらえなかった者、女子たちの輪に飛び込めなかった者……様々だ。


 年頃の男子ともなれば、女子に話しかけるだけでも照れくさい。

 しかし、これほどまでの成果を上げた愛の勉強会ともなれば、そうも言ってられない。照れくささよりも、成績が重要になってくるからだ。


「あの、俺たちも次は混ぜてもらってもいいかな……」


「お、俺も」


「ボクも」


 だから、次は自分たちも参加させてくれと。愛に話しかけに行く。

 周りにいる女子たちの目が気になるが、それでも……よく見れば、邪険にするようなものは一つもない。


「もちろん、いいですよ」


 そして、愛の答えに……男子たちもまた、喜びを見せた。

 男子も女子も、関係なく愛の周りへと集まっていく。


 まさしくクラスの中心になりつつ愛の姿を見つめながら、自分の席に座ったままの鈴は柔らかに微笑んだ。


「なんか、私よりみんなと馴染んでてちょっと悔しいな」

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