第26話 ドキドキしたりする?
愛が学校生活を送り、さらに日数が経った。
愛はすっかりクラスに馴染み、みんなから頼りにされる存在になっていた。なにせ、クラスの中で一番成績が良いのだ。
授業中でも、当てられた問題は正確に解き、小テストでも常に満点だ。
「愛ってばスペックヤバすぎない?」
そして今日は、休日。テーブルを囲うように座っているうちの一人、鈴が言った。
その隣に座る愛が、鈴の言葉を受けて首をかしげた。
「そうでしょうか?」
「そうよ! 相変わらず告白は続くくらいに人気だし、運動神経も抜群。これで成績優秀と来たんだから!」
「確かに、絵に描いたような完璧さだよな」
鈴の言葉に、その隣に座る将もまた同意の言葉を告げる。
今日は鈴の家で、勉強会。休日に三人が集まり、教科書を広げきたるテストに備えているのだ。
ちなみに、家主である邦之助は部屋にこもっている。
研究熱心なことである。
「ですが、私は未だ感情についてを深く理解することが出来ません。
完璧などと、程遠いかと」
「相変わらず真面目ねぇ。そんなこと言ったら、人である私たちだって感情がどんなものか理解してるとは言えないわよ」
「まあ、確かにな」
感情とは、出そうと思って出せるものではある。だがそれは、"本物"とは言い難い。
怒ろうと思って怒るとか、笑おうと思って笑うとか……そういうのを、愛は求めていないのだろう。
自分でもわからなくなるくらいに、湧き上がる気持ち。自制できないほどに強い感情が、人間の中にはある。
それを感じるのは、どんなときか。本能としか言えない。
本能で怒り、本能で笑い……それが、感情というものだろう。
「……難しいですね、人の気持ちというものは」
「……愛にもわかりやすいので言うなら、そうねえ。
……告白された時、ドキドキしたりする?」
「告白された時、ですか」
感情について、口に出して聞かせるのはなかなかに難しい。
ならば、自分が体験したことを実際に思い出してみればいい。
最近の愛は、男子生徒から告白を受けている。一日に一回の頻度で……あるいは、二回の時もある。
もはや断られるまでがワンセットになっている節があるが、それはそれとして、だ。
異性からの告白を受け、なにかしら思うところはあるはずだ。
鈴も、実際に告白を受けた機会はある。そのとき……鈴には想い人がいたので断ったが、告白を受けドキドキはしたのだ。
「そう、告白された時」
いかになんとも思っていなかった異性であっても、告白という一大イベントで自分に対して好意を向けてくれているとなれば、多少なり緊張する。
たとえ断るつもりでも、ドキドキはしてしまうものだ。
そのドキドキがわかれば、感情について少しは知ることが出来るかもしれない……
「……いえ、これといってなにも。ドキドキというものは感じたことがありませんし、そもそもなにも感じることはありませんでした」
「そ、そっかぁ」
しかし、愛の答えは……愛らしいといえば愛らしいものだった。
誰になにを告白されても、なにも感じることはない。それが愛だ。
みな、自分に好意を抱いて告白をしてくれている……それなのに、感情というものがわからない自分がそれに応えるのは、相手にとって失礼だ。
ドキドキもしなければ他になにも感じないというのに。
だから愛は、告白のことごとくを断っている。
「では鈴さんは、告白された時にはなにか感じるものはあったのですか?」
「へ? ま、まあ……少しは?」
自分の言ったことを返されて、鈴は目を泳がせた。
愛に悪意がないことはわかっているが、それでも将の前で他の人に告白された時のことなど言ってほしくはないのだ。
……いや、これは考えようかもしれない。普段なにを考えているかわからない将であるが、鈴が告白されたという話になにかしらの反応を見せるかもしれない。
も、もしかしたら嫉妬なんてしてくれているかも。
そんな期待を胸に、本人に気付かれないように将へと視線を向ける鈴。彼女の目に映ったのは……
「ふぁあぁ……」
のんきにあくびをする、将の姿であった。
「ちっ……」
「……ん? 鈴なんか言ったか?」
「ううん、なんにも」
思わず握りこぶしを作り実力行使に出そうになった鈴だが、なんとか収める。
この男は人の気持ちも知らずに、のんきなものである。
やはり、自分のことなどなんとも思っていないのだろうか……と、鈴は少しむくれてしまう。
「……興味深いですね」
その二人のやり取りを前に、愛は小さくつぶやいた。
人の感情についてはまだわからないことが多いが、鈴が将に対してなんらかの感情を抱いているのだということはわかる。
それは、怒りなのか……それとも、それとはまた別のものなのか、わからない。
やはり、まだまだ理解するには足りない。
「あ、愛。ここ、わかるかな?」
「はい」
教科書とにらめっこしていた将が、愛へと身体を寄せる。わからないところがあったため、それを聞くためにだ。
愛はそれを受け、自らも身体を寄せる。教科書の一部分を指す将の指先を追う。
……ふいに、肩が触れ合った。
「!」
瞬間、肩が跳ね……どちらともなく、離れた。
少し触れ合った……ただそれだけで、なんだというのだ今のは。まるで身体に、電気でも走ったかのようだ。
どこか、回路に異常が走ったのだろうか? 身体も、少し熱いような気がする。
「……ここは、ですね」
ともかく今は、聞かれたことに答えなければ。愛は説明を交えて、教えていく。
ちらりと、将の顔を見る。肩が離れたとはいえ、まだ近い……その横顔を、思わず見つめてしまう。
ほんのりと、彼の顔が赤い気がする。
……なんだろう、これは。
「愛?」
「! は、はい。これは、ここをこうして……」
今のは、どうやら鈴には見られていなかったようだ。ほっと息を吐いた。
……なぜ今、ほっと息を吐いたのだろうか。
なぜ今、こんなにも……胸の奥が、変なのだろうか。
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