第22話 今日は、楽しかったです



「おぉ、よく戻ったな愛! おかえり鈴!」


「ただいま戻りました」


「ただいまー」


 自宅にて、邦之助の出迎えを受ける愛と鈴。これまでこんな出迎えなどなかった……今日は愛がいるからだろう。

 軽くため息を漏らしながらも、鈴はさっさと靴を脱いでいく。


「それでどうだった、初めての学校は」


「はい。賑やかで、皆さんとてもよくしてくれました」


「そうかそうか!」


 愛から学校での様子を聞き、邦之助は愉快そうに笑う。

 学校でなにがあったのかは、本人たちからの話を聞かなければわからない。だから、こういったやり取りは大切だ。


 正直、愛の目を通して邦之助の部屋のモニターに映像が流れる機能を搭載しようとしたのだが……それを知った鈴に、全力で止められた。

 あのときの鈴の気迫たるや、並々ならぬものがあった。さすがの邦之助も断念したというわけだ。


 愛からの主観的報告。そして鈴からの客観的報告を聞き、学校では異常なく過ごせていたことを確認。

 しかも、わりと楽しそうではないか。


「よかったよかった。それで、仲の良い子はできたか? 友達は? 彼氏は?」


「早過ぎでしょうが!」


 荷物を部屋に置いてきて、リビングでのくつろぎタイム。邦之助は興奮したまま、愛に話をぶつけている。

 だが、転入初日で友達はともかく彼氏など話が飛躍し過ぎだろう。飛び過ぎだ。


 呆れた様子の鈴に、しかし愛は冷静だ。


「仲良くしようと話しかけてくれる方はいます。ですが、なにを持って友達と判断すればいいのか……わかりかねます」


「そうだなぁ……まあ、わかりやすいのは友達になろうって言葉を交わすことじゃないか」


「友達ってそういうのじゃないでしょ。父さんもしかして友達いないの?」


「……」


「……悪かったから黙らないでよ」


 なにを持って友達の定義とするのか。愛にはそれが判断できない。

 邦之助の言うように、言葉で表した方がわかりやすいのは事実だ。だが、教室で見たみんなは、わざわざそういった儀式を経て友達になっているのだろうか。


 そして、それを正しいとするなら……


「それでは、まだ儀式を終えていない私と鈴さんは、友達ではないということですか?」


「儀式て。

 ……別に、そんなのなくてもいいんじゃないの。友達で」


 愛の純粋な質問に、鈴は一瞬考えるようにした後、腕を組み顔をそらしつつ言葉を返した。


 お互いに、友達になろうと言ったわけではない。だが、そんなのは関係なく自分たちはもう友達……それでいいではないかと。

 そう言う鈴の頬が赤くなっているのが、少し面白かった。


「……はい、そうですね。ありがとうございます」


「お礼なんていらないわよ。お情けで友達になったわけじゃないんだから」


「はい」


 どうやら、照れている。この数日、鈴と過ごして……彼女がどういう人間かは、少しはわかってきたつもりだ。

 鈴は照れると、それを隠すために視線をそらす癖がある。それに、表情もほんの少し変化する。


 その様子に、愛は自分の頬が少し緩むのを感じていた。


「な、なによ」


「いえ。ただ、かわいらしいなと思いまして」


「かわっ……」


 じっと見つめられ、さらにはかわいいと言われ……鈴は、自分の顔が耳まで赤くなっていくのを感じていた。

 その様子に、愛はまたも笑みを深める。そして、そっと自分の胸に手を当てた。


 ……鈴を、かわいいと感じた。そう、『かわいい』と……そう思ったのだ。

 誰かに対し、そのような気持ちを抱くこと……これが、感情なのだろうか。これを、感情と呼ぶのだろうか。


「いやあ、二人とも学校でさらに仲良くなったんじゃないか」


「い、一日も経ってないのに変わるわけないでしょ。まったく」


 邦之助も、鈴の様子を見て楽しそうに笑っている。

 それを見ていると、嬉しい……『嬉しい』、これも感情だろうか。


「……ところで、私と将さんも友達、ということでいいのでしょうか?」


「うん? あぁ、問題はないだろうな。将くんも、嫌とは言わないだろう」


 友達……それは、今後の生活を送りやすくするためにも必要なものだ。まず最初の友達が、鈴と将。

 これから、どんどん友達を増やして……人を観察して、感情を覚えていく。学んでいく。


 そう心に決めると、胸の奥がなんだかあたたかくなるような気がした。


「で、将くんは部活か。いやあ、青春だねぇ」


「そうだ。愛も、部活をした方が良いの?」


「それは、本人の気持ちに任せるさ。今日はとりあえず、学校登校初日と言うことで早く帰ってきてもらったが。

 愛がしたいと言うなら、それを止める理由はないとも」


 これからは、できるだけ自分の考えに基づいた行動をしてほしい……邦之助はこう考えていた。

 目覚めてから今日に至るまでは、おおかたを邦之助の指示に従って動いてきた。鈴との生活も、その一環だ。


 学校生活は、人の感情を学ぶ以外にも愛自身の自立を促す結果にもつながるだろう。

 部活も、身体に支障がなければ運動部だろうと構わない。


「じゃ、検査をするから愛はついてきてくれるか」


「はい」


 こうして話している分には、そして話を聞く分には愛に異変はない。

 あとは精密な検査をしてから、すべて完了する。


 邦之助の呼びかけに愛は小さくうなずき、立ち上がる。先に行く邦之助を追いかけるように歩き出す愛の背中に、鈴は「いってらっしゃーい」と手を振り送り出す。


「……鈴さん」


「ん?」


「今日は、楽しかったです」


 鈴の側を通り過ぎる瞬間……愛は、先ほど感じた思いを素直に言葉に出した。

 今度こそ去っていく愛の背中を見送り、鈴は小さく笑みを浮かべていた。


「まったく。私もよ」

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