第21話 アンドロイドでも疲れるんだねぇ



 ……放課後。


「それで、どうだった学校は?」


 共に下校している鈴と愛。鈴は、愛に問い掛ける……今日一日、学校はどうだったかと。


 鈴の目から見ても、愛はきれいだ。そんな彼女が囲まれるのは、ただ転入生だからという理由以上に大きい。

 そんな愛は、今日一日の感想を聞かれて……


「……アンドロイドにも、疲労というものを感じるのだと知りました」


 ぽつりと、そう答えたのだ。

 疲労を感じる……つまるところ、疲れたのだ。


 その表情も、気のせいか普段より元気がなさそうに見える。


「ふふ、なるほどね。ま、それもそっか」


 思い返せば、昼休憩を除いて授業と授業の合間の休憩には、常に愛の周りには人だかりがあった。

 目覚めたばかりの彼女が……これまで邦之助や鈴、将としか接してこなかった彼女が……いきなりあれだけの人に囲まれて、疲れないはずがないのだ。


 それでも、アンドロイドならば疲れとは無縁かとも思ったのだが。


「アンドロイドでも疲れるんだねぇ」


「そのようです」


 ただ、愛本人ほどではないが、鈴と将もはらはらしっぱなしで疲れたと言える。

 こうしてただ歩いているだけでも、人々からの注目を集めている。


 鈴は、自分に視線が向いているわけではないとはわかっているが……それでも、少し緊張してしまう。


「これじゃ、隣の席にいた将も気が気でなかったでしょうね」


 席が隣である将も、ある意味クラスメイトからの視線を浴びたと言える。

 いや、クラスメイトだけではない。愛の噂を聞きつけた他のクラスの人間も、休憩時間に見に来ていたのだ。


 それはまるで、有名人でも来ていたのではないかというほどだ。


「……将さんは、一緒には帰らないのですね」


 ふと愛は、ポツリと言葉を漏らした。

 そう、この場に将はいないのだ。てっきり、放課後は鈴と将と三人で帰れるのだと思っていた。


 将がいないことをつぶやく愛の声が、どこか寂しそうに感じたのは……鈴の、気のせいだろうか。


「そ。将は部活やってるからね」


「部活……」


 そのつぶやきに答える鈴。

 先ほど、将本人も言っていた。今日は部活があるから一緒には帰れないのだ、と。


 確か運動部だったはずだ。今日の体育の授業でも、あれだけの距離を走って他の人よりも息は切れていなかったように思う。


「私も、部活動というものをやってみたほうがいいのでしょうか」


「それは愛次第かな。気になる部活があればやればいいし。

 でも今日は、放課後になったらそのまま帰ってこいって言われてるんだよね」


「はい。邦之助博士の指示です」


 今後の学校生活を送るにあたり、部活動に所属するべきかしないべきか。真剣に思案する愛の隣で、鈴が空を仰いだ。


 こうして、放課後になってすぐさま帰宅しているのは、邦之助に早く帰るように言われていたからだ。

 愛がどのような学校生活を送るにせよ、初日の今日に限っては学校が終わればすぐ帰ってくるようにと。


「はい。今日一日稼働して、問題がないか確かめていただきます」


「人がいっぱいいる中で行動したの、初めてだもんね」


 学校生活初日。その成果によっては今後の行動を決め直さなければならないが、問題がなければ普通に生活してもらう。

 そして、おそらく不備がないことは愛もわかっている。


 それでも、念の為にと邦之助からの指示だ。制作者としては、やはり気になるところなのだろう。


「……鈴さんも、用事があったのでは? 私に着いていただかなくても、一人でも帰れましたが」


「うんにゃ、私は部活には入ってないからね」


「そうなのですか?」


「うん。そのかわり、運動部の助っ人に駆り出されることならあるんだ」


 もしも、愛の予定のために鈴が用事をキャンセルして着いてきてくれたのならば、ありがたいが申し訳ない……そう思っていたが。


 そんな問題はまったくないと、鈴は笑った。

 一つの部活動に所属していない彼女は、複数の運動部の助っ人として活動している。部員ではなく、たまに必要があれば部活に呼ばれるのだ。


 運動神経に関しては、芽琉めるほどではないがクラスの中でも良いほうだ。

 そして、頼みやすさがあるのだ、鈴には。


「なるほど、そういったケースもあるのですね」


 部活に所属するか、所属しないか……はたまた所属はしないが他の部活の助っ人としてたまに活動するか。

 部活一つ取ってもいろいろな種類があるものだと、愛は感心していた。


 その様子を見ながら、鈴は昼間の体育を思い出す。

 芽琉と競うほどの運動神経。彼女ならば、運動部では重宝されるだろうし、鈴のように助っ人として活躍することもできる。


 どちらにしろ、あちこちから引っ張りだこになることは間違いない。


「ま、愛がやりたいことをやってみればいいよ。この時期だから、ちょっと難しいところはあるかもしれないけどさ」


「……はい」


 やりたいこと。そう言われて、愛は小さくうなずいた。

 しかし、考えてみてもわからない。学校には、複数の部活動があるという話だが、いったいなにが愛に向いているのか。


 部活動は見学できるようだが、やはりじっくり決めるべきだろうか。それとも……


「……将さんは、陸上部……でしたっけ」


「え?」


「いえ、なんでもありません」


 やりたい部活。それを考えていたはずなのに、頭の中に浮かぶのは……なぜか、将の顔だった。

 彼が所属している部活が気になり、つぶやいた言葉は鈴には聞こえていなかった。よかった。


 ……よかった? なにが、よかったのだろう。


「! 目的地、到着です」


 ただの帰宅のつもりが、予想外に考えることが多くなってしまった。

 が、目的地……すなわち自宅に近づき、それに気が付き視線を開けた。


 今朝、学校に行くために出てきた家……そこに、数時間の後に無事、帰宅したのだ。

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