第20話 あいあいとは私のことでしょうか



 ……昼休みを終え、時間は過ぎて……


「次、廻間!」


「はい!」


 教師に名を呼ばれ、愛は声を上げる。

 次にピッと笛の音が鳴ると、愛は走り出した。軽いジョギングのような速度から、助走をつけて徐々に速度を上げる。


 目の前には巨大なマット、そしてその両隣にポールが立っていて……二本のポールの間にはバーがかけられている。

 愛は助走をつけたまま片足で地面を蹴り、飛ぶ。その身体は軽やかに上空へと舞い上がり、バーを軽々と越えた。


 現在は体育の授業中。走り高跳びでバーを越えた愛の身体は、ポスンとマットの上に落ちた。


「よし、次」


「きゃー、すごい廻間さん!」


「一メートル三十よ、ウチでもトップクラス!」


 マットから起き上がった愛は、軽くため息を漏らしてクラスメイトの集まっている場所へと戻る。

 走り高跳びでバーの高さを徐々に上げて、一人ずつ飛んでいるのだが……残っているのは愛と、もう一人だけだ。


 すでに運動神経抜群で知られているもう一人も人気ではあるが、転入初日から運動神経の良さを見せつけた愛もまた、黄色い声援を浴びるには充分であった。


「へぇ……やるねえあいあい」


 そして、そのもう一人……高宇治 芽琉たかうじ めるは、実に楽しそうに笑っていた。

 愛のことを指し、にやりと笑みを浮かべるが……視線を受けた愛は、後ろに振り返る。


 しかし後ろには誰もいない。きょとんとした様子で、再び芽琉を見つめた。


「もしかして、あいあいとは私のことでしょうか」


「そ、そうだよ」


「私はあいあいではなく、愛ですが……」


「い、いいんだってそういうの! これあだ名だから!」


 平然と言葉を返す愛に、鈴が慌てて割り入る。

 今のは、名前というよりあだ名だ。しかし、愛にはそれが伝わっていなかったらしい。


 鈴の言葉を受け、「あだ名……」と小さく呟く愛。


「そうそう。友好の証みたいなものだから!」


「そうでしたか……データにあります。親しい間柄の人の間でよく使われるものだと。それは、大変失礼しました」


「いや、わかってくれればいいんだけど……マジな顔して返されたから焦ったわ。てか、データってあいあいおもしろいね!」


 芽琉なりに距離を縮めようとした結果だったが、それが見事に空振りしたのだと思ってしまった。

 しかし丁寧に頭を下げる愛の姿に、これまでにないやりにくさを感じるのも事実。


 鈴もまた、愛の丁寧すぎる姿に別の意味ではらはらしている。


「ともかく。どうやら、走り高跳びの勝負は私とあいあいの一騎打ちになったみたいだね!」


「これは勝負ではなくて授業ですよ、めるめるさん」


「お、おう……マジレスプラスいきなりのあだ名だと……」


 鈴にとっての芽琉は、いつもペースを取られてしまう相手だ。

 鈴だけではない。クラスメイトのほとんどが、芽琉と話しているといつの間にか彼女にペースを掴まれてしまうのだ。

 それが悪いとは言わない。彼女のペースに乗せられ会話をしていても、すごく楽しいのだから。


 だが……今は、芽琉の方がペースを乱されている。なんとも新鮮な光景だ。

 愛が全てを真面目に取り合うから、これまでにいなかったタイプなのだろう。


「ま、まあなんでもいい! いいからかかってきんしゃい!」


「ああなった芽琉は止められないよ……愛、とりあえず付き合ってあげて」


「かしこまりました」


 期せずして一騎打ちの形になったが、愛も芽琉も行けるところまで行くつもりだ。

 二人の勝負に、周りの女子たちは湧いていた。


 一方で、その様子を見つめるのはなにも女子だけではない。

 離れたところにいる、男子も視線を向けているのだ。


「おぉ……すげえな転入生。高宇治さんと競ってるよ」


「けど、廻間さんの方がまだ余裕ありそうじゃね?」


「何者なんだよ」


 遠目でしか見えないが、運動で活躍しているのはまず間違いなく高宇治 芽琉だ。そして、彼女と競っている人物。

 美しい白髪を後ろで縛り、ポニーテールにしている人物……転入生の廻間 愛だ。


 元々人目を惹く彼女であるが、容姿に加えて運動神経もいいとは。驚きだ。


「俺らも近くで見てー」


「だってのに、なんで俺たちだけ走らされてんだよ」


 気になる転入生をじっくり観察したいのに、そうはできない理由がある。

 なぜなら走り高跳びの女子とは違い、男子はグラウンドを走っているからだ。


 男女に分かれて、別メニューを行っているわけだ。おかげで、落ち着いて女子を観察することも出来ない。


「はぁー、女の子見てぇー」


「お前その言い方誤解されるぞ」


「でも、みんなもそう思うだろ」


「まあなー」


「それに体操着だと、ほら見えるじゃん」


「あぁ、廻間さんって結構……な?」


 グラウンドを走る行為が楽なわけではないが、なにも全力で走っているわけでもない。ジョギングペースならある程度余裕が生まれる。

 そして、こうして走り続けているとそれも退屈なわけで。華やかな女子の話をしたいものなのだ。


「なあ笠凪、お前廻間さんと知り合いなんだろ?」


「え?」


 一人の男子生徒が、将に話しかける。

 その言葉に、また別の男子生徒が「そうそう」とうなずいた。


「彼女、廻間さんの従姉妹なんだろ? で、お前は廻間さんと幼馴染」


「なんか接点とかあるんだろう?」


「いや……」


 これは、予想していたことではある。愛が鈴の従姉妹の設定である以上、鈴の幼馴染である将自身にも追及が来る可能性。

 しかし、接点といわれても……愛と接したのは、たったの数日。それも、中身はアンドロイドだ。


 なので……


「あはは、ほら彼女、フランスに留学してたからさ。帰ってきたのはつい最近だし、初めて会ったみたいなもんだよ」


 フランス留学という設定を、うまく使う。正直こういうかわし方ができるのなら、フランス留学設定は悪くないと感じていた。


「そっかぁ……ってことは、かなり小さい頃からフランスいたんだ?」


「お、おう」


「けどさ、会えはしなくても電話とかはできたんじゃね?」


「いやあ……ほら、時差とかでさ。なかなかね、あははは……」


 その後も将は、追及されることごとくをフランス留学で乗り切った。

 ぶっちゃけた話、なんでフランス留学設定なんだと愛の自己紹介のときには思ったが、結果的にはその設定に助けられていた。


 男子たちに囲まれる、将……その姿を、離れたところから愛は時折見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る