第19話 これが感情、なのでしょうか
(顔が……赤い?)
昼休みが終わり、教室に戻る道中。
愛は、先ほど鈴に指摘されたことを思い出していた。
『あれ、なんだか二人とも顔が赤くない? ねえ、なにがあったのよ!』
前を歩く、将と鈴……その背中を見つめながら、愛は自らの頬に手を当てた。
当然ながら、その程度では自分の顔色を知ることはできない。
残念ながら鏡もないし、歩みを進めながら愛はもやもやした気持ちが胸中に生まれたのを感じていた。
「……?」
アンドロイドである愛は、邦之助の最高傑作だ。
そのため、表情の些細な変化も可能だ。なので、顔が赤くなる、青くなるといった人の感情に作用する状態になってもおかしくはない。
……人の感情に作用する状態。それに自分がなっているのだということに、愛は信じられない気持ちでいっぱいだった。
(私が……これが感情、なのでしょうか)
自分ではわからないが、実際に顔が赤いのであれば、そこになんらかの感情が乗っていることがうかがえる。
他に体調が悪いことも考えられるが、そもそもアンドロイドである自分が体調を崩すことはない。
よって、この気持ちは……まさに、未知だ。
「……先ほどの行為と、なにか関係があるのでしょうか」
愛は小さく、口の中でつぶやいた。
様子がおかしいと自覚しているところがある。先ほどの昼食時……それも、とある場面だ。
愛が将に、あーんをされたあの瞬間……そのときから、なにかがおかしい。
身体が熱くなり、動悸が激しくなった。今でこそ落ち着いていたが、思い出したらまた……
これが、感情というものなのだろうか?
「……愛、ねえ愛ったら」
「! は、はい」
「どうかした? さっきから話しかけても返事がなかったけど」
はっとして、愛は足を止めた。前方を歩く鈴が心配そうに話しかけてきたからだ。
その隣で、将もまた心配そうな表情を浮かべている。胸が痛い。
どうやら、先ほどから鈴が話しかけているようだった。その事実に、まったく気が付かなかった自分に驚いている。
自身の聴覚は、人間とは比べ物にならないほどに優れたものが搭載されている。聴覚だけではない、視覚などもだ。
だというのに……鈴の声を、それもこんな近い距離にいるのに、聞き逃すなどと。
「す、すみません。考え事をしていて、気が付きませんでした」
「そ、そう? 大丈夫? どこか悪い?」
考え事をしていた……それは事実だ。
しかしそれを、体調が悪いのではないかと解釈されてしまった。そんなことはない、アンドロイドに体調の良し悪しなどない。
愛は、小さく首を振った。
「いえ……大丈夫です。それより、なんの御用でしょう」
「ご、ご用っていうか……もう教室つくけど、なんだかぼーっとしているみたいだったから」
「ぁ……」
指摘されて、愛は今更ながら気づく。もうすぐそこが、教室であることに。
いったい自分は、なにをぼーっとしていたのだろうか。先ほどの考え事が、自身の中の多くを覆ってしまっていた。
「申し訳ありません」
「いや、謝らなくていいけど」
「ホントに、大丈夫か?」
「! も、問題ありません」
鈴から心配されているのはわかる。将からも心配されているのはわかる。
なのに……同じ二人に心配されているのに、対応が違ってしまうのはなぜだろう。感じ方に違いがあるのは、なぜだろう。
鈴には、いつも通りに対応することが出来る。問題は、将だ。
彼に話しかけられると、なぜだかそれだけでおかしいと感じてしまうのだ。
彼とは、目覚めてから数日しか接していない。しかも、邦之助や鈴とは違って一緒に住んでいるわけでもない。
時間として、それほどに長く過ごしたわけではないのだ。
「なら、いいけど。転入初日で疲れたのかな……無理はしちゃだめだよ」
「!」
心配の言葉と共に、頭に乗せられるのは……柔らかな温もりだ。
将の手が、頭に乗せられている。それを意識した瞬間、愛の中でなにかが暴れまわる。身体も、熱くなる。
ただ頭に、手を置かれただけだ。なのに……
「ちょ、ちょっと! なにしてんの!」
「へ? ……あ、ごめんついっ」
慌てたような鈴の言葉に、将は今気が付いたというように手を離した。今のは無意識だったのだ。
その将の表情を確認すると、顔が赤い。
こういうところがあるのだ。
将は愛に対して、一歩引いたような態度で接している。かと思えば、今のようなスキンシップを自然とするのだ。
それが、どうやら将の中では無意識らしくて。
「……いえ、気にしないでください。気にしていませんので」
それが、嫌なわけではない。むしろ…………
……その軽めのスキンシップは、気を許してくれている証だとは思う。鈴にもしているのを見たことがある。
ならば、愛からもし返した方がいいのだろうか。
……将の頭を撫でる。その光景を想像すると、それだけで頭の中がショートしそうだ。
「って、そういえば次体育だった。愛、急ぐわよ」
「! え、え?」
教室の中に足を踏み入れた鈴は、はっと思い出したように口早につぶやいて……愛の手を取った。
困惑したままの愛を連れ、お互いの荷物を回収してから教室を出る。
「鈴さん? 体育でしたら、着替えが必要なのでは?」
「そうよ。だから、更衣室に移動しないと。荷物持ってきたから」
「? ですが、教室で着替えた方が時間の短縮になるのではないですか?」
「……あのクソ親父、こういう大事なことはデータに入れてないんだから。
あとでゆっくり教えてあげるから。とりあえず、着替える時は私と一緒に。ね?」
呆れたような……それとも驚いたような。そんな表情を浮かべる鈴の言葉に、愛は小さくうなずくことしかできなかった。
「わ、わかりました」
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