第18話 興味があっただけなのですが
将と鈴、二人のやり取りを見ていた愛はふと、自分の中のデータを探っていく。
なにやら、これと似たシチュエーションがあったはずだ。男女で、お互いに弁当のおかずを食べさせるような……
……一つの見解に至った愛は、箸を持ち直し弁当のおかずに手を伸ばした。
「将さん、将さん」
「ん、どうかしたか?」
「はい、あーん」
「!?」
その見解とは……
愛は箸で弁当のおかず、唐揚げをつまみ上げて、その手を将へと向けることだった。
つまるところ、『あーん』である。
「?」
愛の隣には鈴がいて、その向こうに将がいる。
そのため、鈴にぶつからないようにうまく避けなければいけないが、その点は問題ない。
驚いている様子の将を見て、愛はこてんと首をかしげた。
「……ちょ、ちょっと!?」
その光景に、しばらく固まっていたが……はっとしてさらに驚くのは、鈴だった。
なんの脈略もなく、愛が将にあーんをしようとしているのだ。
そんなの、鈴だってまだしたことがない。
……ではなくて。
「な、なにやってるの!?」
「? なに、とは?」
それはある意味、当然の問いかけとも言える。
驚いて固まったままの将をよそに、鈴は問いかけた。
その問いかけに、愛は表情を崩すことなく、先ほどとは逆側にこてんと首をかしげた。
「男女のお昼とは、こういったやりとりが基本なのでは?」
「な、なにを!?」
愛は平然と、語る。
「特に、女性から男性へと食べ物を食べさせる……いわゆる『あーん』と呼ばれるものは、高校生男女の青春の一ページだとデータにありますが」
「……あのクソ親父……」
愛は、自分の中にインプットされているデータを元に行動に移しているに過ぎない。
それがわかったから、鈴は頭を抱えた。
アンドロイドである愛にデータ入力できるのは、彼女の制作者である邦之助だけだ。
その邦之助が、愛に『あーん』に関するデータを入れていたのだ。
「なにしてんのよもう……」
いったい、なんのつもりなのか。帰ったら本人に問い詰めなければならない。
いや、それよりも今は……
「い、いいから! そういうのは、しなくていいから!」
「ですが……」
それがデータに従ったものである以上、その通りにさせるわけにはいかない。
わたわたと手を振り、鈴はあーんを中断させる。
それに対し、愛は理解が及んでいないかのようだ。
「もしかしてこれは、間違ったやり方……なのでしょうか」
「まちがっ……ては、ないんだけど……」
「でしたら、私が将さんにあーんをしても問題ないのでは?」
「それはぁ……」
実際、あーんに青春のなんたるかが込められているかなんて愛にはわからない。
わからないが、これが邦之助が入力したデータである以上、自分には及びもしない意味が込められているはずだ。
博士が無駄なことなど、するはずがないのだから。
「うぐぐ……な、なら私がやるから!」
わけがわからないなりに、正論をぶつけてくる愛に対して鈴は唸った後……自分の弁当箱のおかず、ウインナーを箸に突き刺し、未だ放心したままの将の口へと突っ込んでいく。
「んごっ?」
「ほ、ほらこれで、いいでしょ? わ、私が代わりにやるから! 愛はなにも気にしなくても……」
「鈴さんが、将さんのお口に固いものを突っ込んでいます……私のデータにあったのは、優しく食べさせるものでしたが。なるほど勢いが足りないのですね。修正します」
「なんかやだその言い方ぁ!」
もごもご……と将が口の中のものを咀嚼している間、鈴は愛の肩をゆさゆさと揺さぶっていた。
つい勢いに任せてやってしまったが、これは……鈴自ら、あーんをしてしまったのだ。
しかも、さっきまで鈴が自分で使っていた箸で。
「きゃー!」
「鈴さんの情緒の変動が激しいです……」
愛を揺さぶっていたかと思えば、今度は鈴は自分の顔を覆い叫んでいる。
しかし、それには喜びの感情が含まれているように思えた。
先ほどまで難しい顔をしていたと思えば、少し怒っているようにも見え……さらに、恥ずかしがってもいる。
まだ理解できない感情が、次々に変化する。なるほど興味深い。
「ごくっ。……どうしたんだ、鈴はいきなり」
「さあ。私は、データの中にあったあーんというものに興味があっただけなのですが」
「……あーん?」
先ほどの光景を思い出して、将は顔を赤らめる。
しかし、どこか不思議そうな表情の愛を見て……彼女はただ、知りたいだけなのだということがわかった。
知りたい気持ち……アンドロイドでも人でも、その気持ちがあるのは変わらない。
そして将は、愛のサポートをするのが役目だ。
小さくうなずいた将は、手を動かす。照れはある……が、愛のためを思えばこそ、その気持ちが上回る。
「じゃあ……はい、あーん」
「え?」
口元に差し出されたおかずを見て、愛は目を丸くした。
先ほど愛が将にやろうとしたこと……それとは逆だ。それも、鈴がやった勢い任せのものでもない。
「気になるなら、やってみようよ」
「……はい」
あーんをするつもりだったが、まさか自分がされる側になるとは……
多少面食らいながらも、愛は口を開け、目の前のおかずを口に含む。
箸に摘ままれたそれを、口の中へと導き……一緒に口の中にいた箸は引き抜き、おかずを咀嚼していく。
「ど、どう、かな?」
「…………おいひい、でう……」
もぐもぐと、食べていく。たったそれだけの行為。
鈴の作ってくれたお弁当はおいしい。それはわかっている。これまでだって、何度も食事は続けてきた。それもわかっている。
これは、いつもと同じ食事……そのはずなのに……
(なんだか……変、です。将さんの顔を、直視できません)
愛は将から、そっと視線をそらした。
その様子に気が付いていないのか、将はにこにこと笑うばかりだったが。
ちなみに、トリップしていた鈴が戻ってきたのはそれからさらに数十秒してからだった。
「あれ、なんだか二人とも顔が赤くない? ねえ、なにがあったのよ!」
ギャーギャー騒ぐ鈴だったが、将はなんとなくはぐらかして食事を再開した。
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