第17話 アンドロイドハラスメントだそうです
教室を出た鈴は、将と愛を連れてとある場所へと向かった。
その場所こそ……
「ふぅ、風が気持ちいい」
扉を開けると、向かい風が身体を撫でる。その涼しさが、階段を登ったことで火照った身体に心地良い。
視線を上げれば目の前に広がるのは、青空。今日は快晴だ。
空が開けた場所……ここは屋上だ。
「ここは……データにあります。確か、学校の屋上……というところですね。学校生活における醍醐味である場所だと」
「なにをインプットしてんのよあの親父は……」
屋上へと足を踏み入れ、キョロキョロと周囲を見渡す。
いくつかベンチがあり、ちょうど空いているところがあった。
三人がけのベンチへと近寄り、先に愛に座るように鈴は促す。
その通りに愛は座り、その隣に鈴……そしてその隣に将が座った。
「学校の屋上とは、教員の目を盗んだ生徒が鍵を奪取し、人目につかずに訪れる場所……とデータにあります。
鈴さん、いったいいつ鍵を盗んだのですか?」
「盗んでないわよ! なにそのろくでもない情報! あと私たち来たときすでに人いたでしょ!」
またもあの親父はなにを変な情報を入力しているのだ……と、鈴は苦々しげに表情を歪めた。
自分たちが来た時にすでに人は居たのだから、盗んだにしても自分は犯人ではない。
「他の学校は知らないけど、この学校の屋上は開放されてるのよ。だから、お昼にここを使う生徒も多いわけ」
「その割には、人があまりいないように感じますが……」
「そりゃ日によるわよ」
物珍しそうに辺りを見る愛を横目に、鈴は自分の弁当箱を開けていく。
それを見て、愛も弁当箱を開けると……中身は、鈴とまったく一緒のものだ。
それも当然だ。鈴の弁当を作っているのは鈴自身……同じ家に住んでいる以上、弁当の中身が同じになるのは必然と言える。
「……愛も、やっぱり食事はするんだよな」
その光景を見ながら、自分の弁当箱を開けていた将がつぶやいた。
以前、愛が目覚めた初日にはコーヒーを飲む彼女を目撃した。飲み物を飲めるのなら、食べ物を食べることもできるのだろうと予想はしていた。
しかし、実際に食べるところを見るのは、実は初めてだ。
「食べたものはどう消化されているんだ」
「将さん、それをアンドロイドに聞くのはデリカシーが足りませんよ」
「あ、ごめん」
つい言葉に出してしまったことを後悔しつつ、将は謝罪する。
しかし、愛はふるふると首を横に振った。
「いえ。あのようなことを言われたら、アンドロイドのデリカシー問題と答えておけば問題はないと、邦之助博士に言われましたので」
「……そ、そうなんだ」
「しかし、そのようなデリカシーに関する発言をアンドロイドにするのは、アンハラだとも言っていました。アンドロイドハラスメントだそうです」
「そ、そう……」
無表情に、データの中にある言葉を流す愛に将は苦笑い。
そんな二人を見つつも、鈴は「いただきます」と自分の弁当に入っている卵焼きを箸でつまみ、口に運ぶ。
我ながらいい味付けだ、となかなかの出来に満足している。
「もぐもぐ……ぱくっ。
うぅん、今日もおいしいわ。さすが私」
「ふむ……やっぱり、毎度毎度鈴の弁当はうまそうだよな。いやうまいよな」
「ま、まあ、当然よね」
隣で感動の声を漏らす将に、鈴は照れたように笑った。
最近の料理担当は鈴だ。本格的に始めたのは、母親が亡くなってから……ほんの数ヶ月前だ。
父親は研究バカだし、鈴がやらないとコンビニ弁当とかで最低限の食事しかしなさそうだからだ。
いや、もはや栄養ドリンクだけで済ましかねない。
母親に教えてもらった料理は好きだ。それに……
「そ、そんなに見つめるなら……し、仕方ないから今日も一つ、あげるわよ」
「おぉ、まじか! やった、ありがとう!」
弁当のおかずをわけてもらえることになった将は、喜び箸を伸ばしていく。
その行き先は卵焼き。先ほど鈴も食べた、鈴の自信作だ。
そう。弁当を作ればこうして将に、おかずを食べてもらえる可能性が高まる。
自分の作ったものを食べてもらいたい、ということなら鈴が将の弁当を作るということも考えはしたが……
(そ、そんなの恥ずかしくてできない!)
ひとつ屋根の下に暮らしている家族でもないのに、弁当を作るなどと……そんなのまるで、恋人ではないか。恥ずかしすぎる。
鈴にまだ、そこまでの覚悟はない。
その点、自分の作った弁当を隣でおいしそうに食べていれば、将は必ず興味を示す。そしておかずをくれという話になる。
おかずをわけるだけなら、弁当を作るよりもよほどハードルが低く、かつ自分の作ったものを食べてもらえる。
「いっただきまーす!」
卵焼きをつまんだ箸が、将の口元に移動する。
その様子に鈴は、ドキドキと胸を高鳴らせ見守る。お弁当のおかずをわけるのは毎度のことだが、この瞬間はどうにも慣れない。
以前おいしいと言ってくれた。味付けは変えていない。ならば今回も変わらずおいしいはずだ。
それがわかっていながら、この瞬間だけは緊張して仕方ない。
「あむ……ごくっ。んんっ、やっば最高だな鈴の卵焼き!」
口の中で咀嚼した卵焼きを、飲み込み……花の咲いた様な笑顔で感想を述べる将の姿に、鈴はほっと胸を撫で下ろしてした。
「そ、そうでしょう! 当然よ!」
だから、つい調子に乗った台詞を吐いてしまう。おいしいと言ってくれたことを、素直に喜べばいいのに。
横目でチラチラ見るくらいなら、正面から見つめればいいのに。
鈴のその不可解な行動に、愛はただただ首を傾げるだけだった。
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