第16話 お昼ごはんを一緒に食べませんか



「将さん、お昼ごはんを一緒に食べませんか」


「……」


 時間帯は、お昼。つまりはお昼休み……昼食の時間だ。

 午前の授業が終わり、生徒たちは一区切りにわいわいと盛り上がる。そして、各々昼食の準備をしていく。


 購買に行く者、弁当を持ってきている者、食堂に行く者……一人で、または友達と、と多様な様子だ。

 その中で、一人……鈴の音を響かせたような声で、席に座っていた将に話しかける人物がいた。


「……あ、愛……さん」


 将は、自分の席の隣に立つ人物……愛の姿を見て、固まっていた。

 これまで、授業と授業の合間になる度に愛の周りには人が集まり、愛と満足に話すことができなかった。


 それが、昼休みになるやいきなり、愛の方から話しかけてきたのだ。

 驚かないはずがない。


「? 将さん、なぜ愛"さん"などとお呼びに? いつものように呼び捨ててで……」


「わーわー!」


 きょとんと首をかしげる愛の言葉に、将は慌てた様子でストップをかける。


 いくら愛自身が名前呼びを希望したとはいえ、男子がいきなり女子を下の名前呼びはハードルが高い。

 なんせ、将と愛の関係はクラスメイトは知らないのだ。


 いつもは愛と呼んでいても、さすがに教室でそういうわけにはいかない。


「お、お昼? そうね、お昼ね」


 将はちょうど、弁当箱を取り出していたところだ。

 いつもであれば、鈴と一緒に昼食を取る。しかし……


 まさか、愛に誘われる形になるとは、思わなかった。


「愛ちゃん、なんで笠凪くんと?」


「さあ……あ、でも鈴ちゃんの従姉妹だって話だから」


「もうすでに面識があるのかな」


 美少女転入生に食事に誘われるなど、話の種のかっこうの餌食だ。

 その中でも、クラスメイトは勝手に解釈してくれているのでありがたいが。


 初対面の相手を食事に誘うとなれば不思議に思われるが、すでに面識のある関係であればそうは怪しまれない……はずだ。

 それでも、男子の嫉妬の視線が将に突き刺さる。


 愛を食事に誘おうと思っていた女子たちからもまた、注目を浴びることは免れない。


「ねえねえもしかして、愛ちゃんってさ笠凪くんのこと……」


「えーまだお昼に誘っただけじゃん」


「でもなんとも思ってない相手をお昼には誘わないでしょ」


「確かに」


 周囲でこそこそ話している内容が聞こえ、鈴はその場で固まってしまっていた。

 弁当箱を取り出し、席を立とうとしていた……そのタイミングで、愛が将を誘っている場面を見てしまったからだ。


 まさか、まさかだ。


(なな、なんで愛が!?)


 その疑問で、頭はいっぱいだった。

 なぜわざわざ、愛が将をお昼ごはんに誘うのだ? 自分でいいではないか。同じ女子だし、従姉妹ならなにを言われることもない。なぜ……


 ……いや落ち着け。愛にとっては、将が隣の席にいたから。知った人物だったから。ただそれだけの話。

 考え過ぎだ……愛が将を食事を誘ったことに、深い意味などない。


「ちょっと愛ち、なにしてんの」


「へ」


「このままじゃ転入生に笠凪取られちゃうよ?」


「とっ、とと取られって、べべ、別に……」


「いいから行っといでっての」


 友人に背中を押され、鈴が席を立つ。

 にやにやしている友人をむっと睨み返しながらも、鈴は足を進めていく。


 将を食事に誘う……いつもと同じことをやってやるだけだ。それをすればいい。

 なのに、どうしてこうも心臓が落ち着かないのだろうか。


「さあ将さん、どちらで食べましょうか。最適な場所があれば、教えてもらいたいです」


「そ、そうね、うんと……」


「ちょっと待ったぁ!」


 二人で、食事する場所を決めている……そんあ場所に割り込むのは、勇気がいる。

 しかし、やらねばならない。だから鈴は、わざと大きな声を上げて二人の間に割り込んだ。


 腕を広げ、二人を断つかのように。


「鈴?」


「わ、私も行くから。文句ある?」


 若干顔を赤くして、鈴は将を睨みつけた。

 ちょっと膨れてしまっているが、おそらくバレてはいないだろう。


 次に、鈴は愛へと視線を向けた。

 いったいどういうつもりで将だけ誘ったのか、問い詰めてやろうとして……


「はい、もちろんです。一緒に食べましょう、鈴さん」


 予想もしていなかった言葉が、返ってきた。


「……へ」


 だからか鈴は、間の抜けた声を出してしまった。


「……私も、誘ってくれるつもり、だったの?」


「? もちろんですが……いけませんでしたか?」


 困惑した鈴の言葉に、今度は愛が困惑した様子だ。

 二人の顔を見比べながら、将はハラハラしてしまっていた。


 きょとんとした愛の困り顔に、鈴は小さくもふるふると首を振って。


「い、いけなくはない、よ……」


「そうでしたか、それはよかった」


 鈴はなんとか、言葉を返した。

 その答えを受けて、愛はほっとした微笑を浮かべる。


 それを間近で受けた鈴は、「うっ」と声を漏らして胸を押さえた。


「ど、どうなさいましたか鈴さんっ。どこかお身体の調子でもっ?」


「ううん……大丈夫。ちょっと、あんたの顔にやられたのと自分のバカさ加減に呆れてたのダブルパンチくらっただけだから」


「?」


 将を誘ったのは元より、鈴のことも誘うつもりだったのだ、愛は。

 そうとも知らず、変な誤解をして……鈴は、自分が情けなくなってしまった。


 ただ、隣の席だったから将に先に声をかけただけの話。

 もしも鈴の方が席が近かったら、きっと先に鈴に声をかけていただろう。


 鈴は自分の頬を叩き、調子を戻す。

 その行為に驚いたように目を丸くしている愛と、未だ困惑している様子の将を連れ……鈴は、教室を出た。

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