第15話 学校とは、大変なところなのですね



「ねーねー、愛ちゃんってホントにフランスに留学してたの?」


「はい」


「うわあ、すごーい!」


 ホームルームが終わり、愛の周りは転入生あるあるよろしく人が集まっていた。

 クラスメイトは、美少女転入生に夢中だ。


 もっとも、彼女の周りに集まっているのは女子ばかり。男子は遠目に見ることしかできない。

 ちなみに、廻間はざま呼びだと鈴と被るため、愛は男女問わず下の名前で呼ぶように求めた。


 そんな愛の心境は……


(廻間、では鈴さんのご迷惑になってしまうかもしれません。

 それに……将さんがくださった名前で、呼ばれたいのです……)


 鈴のことも考えてはいたが、それよりも。

 この『アイ』という名前……将がくれたものだ。彼にもらった名前を、呼ばれたい。


 なぜだか、そんな気持ちがあった。不思議だ。

 それは与えられた名前を呼ばれたいだけなのか……それとも、彼にもらった名前を呼ばれたいのか。


(なぜでしょう……)


「ね、ねえ、フランス語でなにか話してみてくれたりって……」


 そんなことを考えている中で、一人の女子生徒が意を決した様子で話しかけた。

 それは、当然と言えば当然のやり取りであった。フランスに留学していたとなれば、フランス語をしゃべってみてくれと言われる可能性……


 それを隣で聞いていた将は、どきりとした。フランス留学なんて、嘘だからだ。

 フランスどころか、彼女はつい先日目覚めたばかり。海外の言語などわかるはずもない。


 ……それとも、もしかして海外言語を話せるように設定しているのかもしれない。わざわざフランス留学の設定をつけたのだ、ならば対処していてもおかしくはない。


「はい、もちろんいいですよ。

 ……ペラペラペーラペペラペーラ」


 こくりとうなずき、愛は口を開く。すると、口から出てきたのは外国語だとわかるそれだった。

 それを聞き、周りの生徒たちは「おぉ」と感激した様子だ。彼女たちだけではない、将も同様だ。


 ペラペラのフランス語に、みな感心している。さすがはフランス留学経験者だと……誰もが、目を輝かせている。


「ペラペラペペーラペペラペラ」


 ……だが、それはペラペラ流暢に喋るフランス語ではない。

 実際に愛は、ただ『ペラペラ』と言っているだけだ。


 それが周りのみんなには、流暢なフランス語に聞こえている。これはどういうわけか。

 それは、アンドロイドから発せられる周波的なやつがあれして、周囲の人間に彼女の言葉がフランス語であると認識させているのだ。


 つまり、彼女が適当になにをしゃべろうと、それは周りの人間にフランス語として認識される。

 これが、邦之助が搭載した機能の一つ。実際に外国語を覚えさせるのではなく、相手に外国語だと錯覚させるのだ。


(さすがです、邦之助博士)


 その成果に、愛自身感心した様子だ。

 博士のことを信じていないわけではないが、このような機能を使うのは初めて。ちゃんと機能するのか、不安なところはあった。


 実際、フランス語を聞いたことがない者にとっては、それが本当にフランス語なのか判断はできない。ただ、っぽいだけかもしれない。

 しかし、邦之助の搭載した機能は完璧だ。本当に、フランス語に"聞こえている"。


「わぁー!」


 やがて、しゃべり終えた愛を絶賛するように、周囲のクラスメイトは自然と拍手を送った。

 これを聞き、もう愛がフランス留学していたのだと疑う者はいない。


 結果として、いいパフォーマンスになったわけだ。


「ねえ、今なんて言ってたの?」


「はい。

 皆様、これから同じクラスの一員として、どうぞよろしくお願いします……といった意味の言葉を」


「キャー!」


 実際はただペラペラしゃべっていただけなのでそこに言葉の意味などないのだが、とりあえず適当に答える。

 先ほど自己紹介したときのものを、フランス語に変換した風に。


 もちろん真相などわからない女子たちは、黄色い声を上げて喜んだ。


「じ、じゃあ愛ちゃん、好きな食べ物は?」


「運動部に興味ない?」


「好みのタイプは?」


「これまで付き合った人は!?」


「一緒に折り紙折らない!?」


 今のフランス語パフォーマンスがよほど効いたのか、遠巻きに見ていた男子たちも交えての質問タイムが始まる。

 がやがやと騒がしさを増し、勢いに押される愛は多少驚いた様子だ。


 彼女のサポートを頼まれた身として、将はこの場を治めたほうがいいのかと思い立ち上がるが……このクラスメイトの波に飛び込む勇気はない。

 それに、転入生の恒例行事のようなものだ。止めれば逆に怪しまれるかもしれない。


 ここは、愛自身に任せるしかないのだ。


「好き嫌いはありません。運動はしたことがありませんが人より動ける自信はあります。好みのタイプ……とは考えたことがありません。お付き合いをした相手もいません。折り紙……はい構いませんが」


 一つ一つを丁寧に、愛は答えていく。クラスメイトから浴びせられる質問は数あるが、それらを一つも取りこぼすことなく。


 しばらくの間応対の時間が続き……やがて、予鈴が鳴る。それを皮切りに、クラスメイトたちは名残惜しそうに自分たちの席に戻っていく。

 先ほどまで騒がしかった空間が、嘘のように静かになった。


「……学校とは、大変なところなのですね」


 愛は、隣の席に座る将へと顔を向けて……一連の事態の感想を、告げた。

 それを聞いた将は愛の態度に、、無表情だったが困っていたのか……という気持ちから苦笑いを浮かべるのだった。

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