第二章 アンドロイドと学校

第13話 今日からこのクラスに転入生が加わる



 さて、あっという間に数日が経った。

 今日は、笠凪 将かさなぎ しょう廻間 鈴はざま りんにとっては運命の一日となるといっても、過言ではない。


 なぜならば、今日から二人にはやるべきことが生まれるからだ。


「おはよう」


「おはよー」


 将と鈴は、今日も一緒に登校する。

 幼馴染である二人が、ほとんど毎日を一緒に登校してくるのは、もはやクラスメイトにも見慣れた景色だ。


 教室に入ると、何人かが挨拶を返してきて……

 その中でも、二人に……いや、将に近づいてくる人物がいた。やや興奮気味に。


 そして、将の肩に腕を回して顔を近づけるのだ。


「よーよーお二人さん。今日もお熱いですなぁ」


「あぁ、暑いなお前のせいで」


「その暑いじゃねえよ」


 隣でなぜか顔を赤らめている鈴を尻目に、将は自分に気安く腕を回してきた人物を見た。


「で、朝からなんだよ真司」


 にしし、と笑みを浮かべるのは、クラスメイトの鋏村 真司はさみむら しんじ。見ての通り、距離感の近い男だ。

 もちろん、こんなスキンシップをするのは男子だけである。


 ……いや、この前女子に同じように接しようとしていたらぶん殴られていた。アホなのである。


「なんだよ将、なんかテンション低くね?」


「いつもこんなもんだろ」


 将は低血圧なのだ。


「で、もう一度聞くけど。朝からなんだよアホしんじ


「おう、実はな……

 ん? 今なんか変な当て字してなかった?」


「気のせいだ」


「そうか」


 謎の納得を見せた真司は、将の肩から手を放して少し距離を取る。

 そして、得意げに言うのだ。


「なんと! 今日からこのクラスに、転入生が来るらしいぞ!

 しかも、とびきりの美人らしい!」


「……へー」


「あれ、なんか反応薄くない!?」


 予想はしていたが、やはり予想していた通りの内容だった。

 さっきからクラスメイトたちが妙に浮足立っているのも、それが原因だろう。特に男子。


 転入生というのは、いつの時代であっても人々の関心をさらうものなのだ。


「そんなことないいって、驚いてる驚いてる」


「ホントかよ」


 クラスメイトたちにとってはビッグなニュースであっても、将と鈴にとってはそうではない。

 なぜなら、今日転入生が来ることは前もって知らされていたからだ。


 その正体こそ、廻間 愛はざま あい……その正体をアンドロイドとする、機械少女。

 彼女は、感情を学習するために学校に通うことになっているのだ。そしてその先は、事情を知る将と鈴がいるクラスとなっている。


 もしも今日、愛以外にも転入生が来るというなら将ももっと驚くだろうが……この時期に、そしてこのクラスに二人同時に転入生が来ることなどあり得ない。


「実はさっき、職員室でチラッと見たんだけどさ。いやあ、あれはそんじょそこらの美少女じゃねえぞ」


 興奮した真司の言葉に、それには将も同意する。

 作られた存在であるからか、愛の美貌は将のこれまでの人生でも見たことがないほどだ。


 やろうと思えば、モデルにだって余裕でなれるだろう。それほどのポテンシャルを秘めている。


「ぁたっ。

 な、なんだよ」


「べっつにぃ」


 そんなことを考えていた将だったが、足先に走る痛みに思考が中断する。

 隣を見ると、鈴がぷいっと顔を背けている。ごまかしているが、今のは完全に鈴が足を踏んだのだ。


 しかも、本人は素知らぬ顔だ。足を踏まれなきゃいけない理由が思い当たらない将は、さすがにムッとしてしまう。


「おい、り……」


「りんりーん! おっはよー!」


 一言物申そうと、将が口を開いたその直後……底抜けに明るい声が響き、さらにその直後に鈴から「ぐぇ」と声が漏れる。

 同時に鈴の身体がのけぞるが、なんとか倒れないように踏ん張る。


 鈴がのけぞった理由は、つまりは体当たりを食らったからだ。

 とはいえ、体当たりの主はなにも鈴に攻撃の意思があったわけではない。これは、恒例行事とも言える。


 鈴への体当たりをかました人物は、そのまま鈴の身体をぎゅっと抱きしめた。


「め、芽琉……お、おはよう」


 鈴は自分を抱きしめる身体を抱き返しつつ、先ほどの挨拶に対する返答をする。

 鈴よりも大柄の身体……というか鈴が小柄でもあるため、必然的に鈴の身体が彼女の身体にすっぽり埋まる。


 今、鈴へ体当たりするように抱きしめに行ったのは高宇治 芽琉たかうじ める

 当然ながらクラスメイトの一人であり、茶髪を肩まで届くサイドポニーにしている。


 活発的な女の子で、男女問わず積極的に話しかけに行くため人気が高い。裏表がないため信頼も高い。


「もー、りんりんったらなんでこんなにかわいいのー!

 あ、かさかさもおっはー」


「おう。いつも通り元気だな」


「おうよ!」


 芽琉は誰とでも仲良くするが、特に鈴がお気に入りだ。

 自分の胸に鈴の顔を押し付けながら、将にも挨拶を告げる。彼女とは一年生の時から鈴と共に同じクラスであるため、将にとっては慣れたものだ。


 鈴にとってはそうでもないが。ふくよかな胸に押しつけられ、鈴がイラッとした表情を浮かべる。嫌がらせかこの野郎、と。


「そうそう、今日転入生が来るらしいよ! 楽しみだね!」


「おいおい、それはもう俺から言ったっての」


「あ、いたんだ真司」


「なにおう!」


 将の隣にいた真司に視線を移すと、芽琉は冷めた視線を送る。

 これも、将にとってはいつもの光景だ。


 誰にも明るい笑顔を向ける芽琉が、唯一しらけた表情を向ける人物。それが真司だ。

 どうやら二人は、幼馴染らしい。芽琉の態度も、勝手知ったるなんとやらだろう。


「ほらお前たち、席に着け」


 真司と芽琉がぎゃいぎゃい言っていると、ホームルームの予鈴が鳴る。

 そして、ガラガラと音を立てて教室の扉が開いた。中年の男……担任教師が教室へと足を踏み入れる。


 担任の言葉に従い座っていく生徒を横目に、彼は教卓に立つ。

 ……全員が座ったのを確認してから、口を開いた。


「えー……前置きはめんどいんですっ飛ばすぞ。

 知ってる者もいると思うが、今日からこのクラスに転入生が加わる」


 瞬間、教室の中が湧いた。

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