第12話 私も、知ることができるでしょうか



 愛と名付けた、アンドロイド。彼女を起動させ、まずは話をした。時間が許す限り。

 アンドロイド……要は機械なので、愛の話し方はまさにそれだった。しかし、そこまで気になるほどのことでもない。受け答えは完璧だし、こうして話していても普通に人と話している気分だ。


 しょうりんは、学校で愛がアンドロイドと怪しまれないためにサポートをすることが役目だ。

 とはいえ、多少おかしい言動、行動をしたところでまさか彼女がアンドロイドだとバレるはずもない。


 しかし、何事にも注意は必要だ。


「……アンドロイド、か」


 自分の部屋に戻った将は、ベッドの上に寝転がっていた。

 四人でコーヒーを囲んだ後、日も暮れて来たので将は自分の家に帰ってきたのだ。


 ちなみに、帰る間際に愛が寂しそうな表情をしていたのが、印象的だ。


「……んん」


 その表情を思い出すと、胸の奥が高鳴る。

 あんな表情、いったいどうやって。そういう状況に応じて、どういった表情を浮かべるかをプログラムされているのか……


 それとも、それは愛の意思によるものなのか。

 アンドロイドに意思とは、よくわからないが。


「愛、か」


 自分が名付けた、少女の顔。彼女の顔が、目に焼き付いて離れない。

 将は、ポケットにしまっていた携帯電話を取り出した。


 電話帳を開く。指先で画面をタップ、スクロールして……そこに表示されている名前を、見た。

 はの行。そこには、これまでだったら


廻間 邦之助はざま くにのすけ

 廻間 鈴はざま りん


 と表示されていた。

 しかし、今は邦之助の上に、もう一つ名前が表示されている。


廻間 愛はざま あい


 そう、愛の名前だ。愛は、邦之助から連絡手段として携帯電話を渡され、その連絡先を将と鈴は共有したのだ。

 アンドロイドが携帯電話を使う場面を想像し、なんとも複雑な気持ちになったものだ。


 実際、連絡手段という用途だけで言えば、愛に携帯電話は必要ない。

 対象の携帯電話情報と、愛の脳波をリンクさせれば愛の脳波からデータを受信、送信して会話が可能……


 と、将には難しいことはよくわからないが。


要は携帯なしでも、愛は相手の携帯電話に電話をかけることができるし、逆に電話を受けることもできるのだ。

 ただ、そんな機能があるのに携帯電話を渡したのには理由がある。



『アンドロイドと知ってる鈴や将くんならともかく、他の子にもそういうことをするわけにもいかないだろう』



 至極当然な意見だった。

 愛の正体を知っている将と鈴ならともかく、愛がアンドロイドだと知らない相手に携帯電話を使わずに電話ができるはずもない。


 クラスメイト……友達が出来れば、連絡先を交換することもあるだろう。

 素直に携帯電話を持っていないと、連絡先交換を断る手もあるが……



『今時の高校生……特にJKなら携帯電話の一つや二つ持っていて当然だろう』


『だからJKって言い方やめろ!』


『それに、連絡先の交換から親交を深めていき、結果として数多くの人間と関わることに繋がるからな』



 そういった邦之助の熱い言葉から、愛に携帯電話を持たせることになった。

 将はその件に関しては、家族間の問題なのでなにも口出しはしなかったが。


 ともあれ、そういった経緯から愛に携帯電話が支給され、彼女の連絡先が将の連絡先に登録されたわけだ。


「……ふぅ」


 じっと名前を見つめるが、それでなにがどう変わるわけでもない。

 将は軽くため息を漏らしつつ、今日の出来事を思い出した。世紀の大発明があると呼ばれ、鈴と共に邦之助の成果を確認して……


 結果、起動したアンドロイドは、確かに大発明と言えるだろう。

 見た目はもちろんのこと、行動や言動……表情の変化さえも、人間と相違ない出来栄えだ。


 これで本当に感情を覚えることが出来れば、いったいどうなってしまうのか予想がつかないほどだ。


「ま、難しいこと考えても仕方ないか」


 携帯電話の画面を閉じ、将はそれをベッドの上に放り投げる。そして、目を閉じた。

 なんにせよ、大変なのは愛が転入してくるこれからだ。アンドロイドとバレないとは思うが、自分たちがしっかりしなくては。


 そんな気持ちを抱きながら、将の意識は暗闇へと沈んでいった。



 ――――――



「おやすみなさい、邦之助博士」


「あぁ、お休み」


 夜も遅くなり、愛は邦之助の部屋を出た。

 その足で、与えられた自室へと向かう。


 アンドロイドである愛は、自信が眠っていたベッドカプセルで眠ることが可能だ。それは、動くための充電も可能。

 だが、人間としての生活を覚えるためにも、部屋で普通に寝る……これが、邦之助の指示だった。そのため、部屋に備え付けてあるベッドで寝るのだ。


 学校に行くことになればともかく、いろいろと調整が必要な現段階で細かな充電は必要ない。

 そもそも、充電なしでも一週間は動けるように開発されているのだ。過剰な充電はかえって悪影響を及ぼす。


「……鈴さんに、将さん」


 目覚めてから、目の届く範囲にいた三人の人間。うち一人は、自身を開発した博士。

 残る二人は、事情を知り自分をサポートしてくれる人間。それが鈴と将だ。


 まだ人間の感情についてわからないことが多い愛にとって、二人は自分のサポートであるととも身近な観察対象でもある。


 学校に行けば、たくさんの人間と接する機会はある。だが、今だからこそできることもあるはずだ。

 彼らを観察していれば、人間について詳しく理解することができる気がする。


 特に、時折鈴が将に対して向けていた、怒りや悲しみとは違ったように思える感情。顔を赤らめ、体温を上昇させ、また言動と行動が一致しないこともあった。


「あれはいったい、なんなのでしょう?」


 わからない。わからないことを知るために、もっと人間を知らなければ。

 それが、自分に課された使命なのだから。


 そして、人間を観察していくうちに感情を知ることができたのなら……


「私も、知ることができるでしょうか」


 部屋に入り、ベッドに座り込んだ愛は……そっと、手を自らの胸の上へと添えた。


 ……窓の外は、すっかり暗い。その中でも、星々が輝いている。それに、電柱に灯る明かりが周囲を照らしている。

 完全な暗闇ではない……それは今まで眠っていた愛にとって、なんとも不思議な気持ちにさせられる空間であった。


 ……アンドロイド愛にとって、初めての世界。その一日が、終わろうとしていた。

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