第7話 すんごいかわいい声……とけちゃいそ……



「痛いじゃないか鈴」


「うっさい! なんかいろいろと台無しじゃないの!」


 頭にたんこぶを作った邦之助くにのすけは、カプセルベッドの蓋を開けた。

 たんこぶの原因は、ガルルル……と吠えるりんの鉄拳がついに炸裂したからだ。


 ゆっくりと起き上がるアンドロイドを見つつ、邦之助はしょうに耳打ちをした。


「まったく、あんな暴力的では嫁の貰い手も見つからんよなぁ。そうは思わんかね将くん」


「えっ? あ、はぁ」


「ちょっと! 聞こえてるからね! なに変なこと将に言ってるのよ!

 あとあんたも、そのまま出てくるんじゃない!」


 起き上がり、立ち上がろうとしたアンドロイド……愛は、しかしその動きを鈴に止められる。

 身体を隠すように被せられていたシーツが、起き上がったことで落ちかけていたからだ。


 それを見て鈴は、愛の身体に手早くシーツを巻き付けていく。

 将の前に女体をさらすわけにはいかないし、しかもその身体は鈴と同じ体型だというのだ。なおのこと見せるわけにはいかない。


「あの……なにを、されているのですか……?」


「はわわ、すんごいかわいい声……とけちゃいそ……

 ……って、なにをって見てわかるでしょ。身体にシーツ巻いてるの」


 初めて間近で聞く、愛の声。それは鈴のようにきれいで、思わず耳が喜んでしまった。

 邪念に囚われそうだった鈴は、ぶんぶんと首を振る。


「なぜ、身体にシーツを?」


「いやそりゃ、このままじゃ裸見えちゃうからよ。

 ……はい、完了」


「……? ありがとう、ございます」


 鈴の補助を受け、愛はベッドから立ち上がった。

 その姿に、将はほっと息を吐いた。思わず見惚れるほどの、美貌だったから。


 汚れ一つない白髪の長髪は、触れなくてもさらさらなのだろうとわかる。澄んだ水のような美しい瞳に見つめられれば、きっとそれだけで動けなくなってしまうだろう。


「ところで、さっきから一番やかましそうなのが静かなのが、怖いんだけど」


 鈴はちらりと、父を見た。あれだけアンドロイドお熱だった邦之助が、愛が目覚めてから黙ったままだ。

 将もまた、隣に立つ邦之助を見た。


 邦之助はうつむき、肩を震わせていた。もしかして、思っていたものと違う出来栄えだったのだろうか。悲しんでいるのだろうか。

 そんな、一抹の不安が流れ……


「う、うぅ……うっ……」


「あの、おじさ……」


「すっっっっっぅんばらすぃいいいいいいいいいいいい!!!」


「ひっ」


 話しかけた将が驚くほどに、邦之助は昂り、天を仰ぐようにして叫んだ。

 この部屋は防音ではあるが、それは当然ながら部屋の中の音が外に漏れないという意味だ。部屋の中の音は当然中で響き渡る。


 正直、うるさくてたまらない。


「素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい! おぉ、これこそ……これこそがぁ!!」


「ちょっ、う、うるさ! なに興奮して……うわきたなっ!」


 耳を押さえる鈴は、涙と鼻水とついでに涎を垂れ流す邦之助の顔にドン引きしていた。

 自分の裸を見られ参考にされたことより、こっちの方がよっぽどドン引き案件であった。


 そんな娘の気持ちなど知らない父は、興奮覚めやらぬままに叫ぶ。


「こ、これが……ついに、私の研究の成果が! ぉっ……私は、私はぁアアア……」


「えっと……よかったですね?」


 もはやなにを言いたいのかもわからない状況であるが、とにかく嬉しいことは確かなのだろう。

 将は若干の戸惑いを覚えつつ、ハンカチを差し出した。


「将、いいわよそんなの。ほっといて」


「いやそういうわけにも。

 おじさん、これどうぞ」


「お、あぁ、ありがとう……ずびびぃ!」


「……」


 自分のハンカチが涙と鼻水といろいろな体液に汚れていく様に、将は言葉を伏せた。

 とんでもない状況になってしまっているが、今はそれよりも気にするべきことがある。


「……で、あんたがアンドロイド……ってことで、いいのよね」


 それを、鈴が自ら口火を切ってくれた。

 アンドロイドに、あんたがアンドロイドかなどと聞くのも変な気がするが……鈴も鈴で、困惑していたのだ。なにせ、アンドロイドだ。


 それを受け、愛は小さくうなずいた。


「はい。私は廻間 邦之助はざま くにのすけ博士に制作された、アンドロイドです」


「博士……そ、そう」


 その博士は今、自分の体液で大変なことになっているが。


「……起動確認。廻間 邦之助博士を確認。

 博士、起動状態に問題はありません」


「ぐすっ、ぅえぇ……え、あ、そう……」


「それで、こちらの方々は?」


 愛の瞳が、それぞれ鈴と将を映す。その視線に、将はどきりとした。

 愛の脳内には、すでに制作者邦之助のデータが顔とともに入っている。なにを置いても、邦之助を優先するように。


 自分たちのことを聞かれ、鈴は愛の正面に回る。


「私は、廻間 鈴はざま りんよ。残念なことに、あそこにいる変態くそ親父の娘よ」


「なんかどんどん鈴からの扱いがひどくなってない?」


「あはは」


「鈴、様……博士のご子息……」


 鈴の自己紹介を受け、愛は小さく復唱した。

 それから、なにかが腑に落ちたかのように、うなずき鈴の身体を上から下まで見つめた。


「その名前は、データにあります。私にこのボディパーツを提供してくださった方ですね」


「……いろいろ語弊がありそうな言い回しなんだけど! あと、そのことは忘れて!」


「なぜですか? バスト、ウエスト、ヒップ、そのどれもが鈴様の提供なさってくれた形であると……」


「シャラップ!」


 自分の身体を参考に作られた……その事実は消せないが、一刻も早く忘れてもらいたい。

 なぜか鈴が自らの意思で身体を差し出したような言い方だが、それには断固異議を唱えたいところだった。

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