第6話 ……ぁたっ



 さて、アンドロイドの名前が決まった。命名廻間 愛はざま あい

 自分の案が採用されたことにしょうはほっと胸を撫で下ろしつつ、そういえば……と頭の隅に引っかかっていたことを思い出した。


「……そうだ。あの、おじさん、聞きたいことがあるんですけど」


「なにかね将くん」


「そのアンドロイド……愛が通う、学校って言うのは……」


 感情を覚えるために、高校に通う。当たり前のように話していたが、いったいどこの学校に通うつもりなのか。

 それを考えたところで、候補は一つしかないのだが。


「もちろん、二人が通っている学校だよ」


 そして、それは予想通り。確認を取ったが、やはりそういうことらしい。

 アンドロイドが学校に通う……しかし一人(?)で通うとなると、不安も残るだろう。


 ならば、あらかじめ事情を話していた将とりんのいる学校に通わせたほうが、いろいろサポートができる。


「二人が通う学校の、二人と同じクラスに通えるようにしてもらっている」


「……してもらっている?」


 通う高校はすでに決まっている。それどころか、同じクラスに転入する手続きはすでに通してしてあるというのだ。


「あぁ。学校の校長とは、昔からのマブでね。彼女がアンドロイドだと知っているのは、学校関係者だと校長と他数人だけさ」


 拳を握り、親指を突き立ててにかっと笑う邦之助くにのすけ

 有名人である邦之助は、わりといろんな業界の人間とつながりがある。その人脈の広さには舌を巻くばかりだ。

 まさか、高校の校長と知り合い……いや友達だとまでは思わなかったが。


 同じくその事実を知らなかったのだろう。鈴はあ然と口を開けていた。


「そ、そうなの? え、知らなかった……」


「ふふん、すごいだろう。もっとお父さんを尊敬してもいいんだぞ」


「別にすごいとは言ってないけどね」


「がーん」


「いい年下おっさんががーんとか言うな」


 ともあれ、校長に話を通して転入手続きを進めているというのだ。

 今は、七月が始まったばかり。アンドロイドの起動状況にもよるが、スムーズに行けば来週には転入させられる計算だ。


 この時期の転入は珍しいが、起動させたからには早く任務を遂行させたいのだ。


「じゃあ、俺らと同じクラスってことは、彼女も高校二年生ってことでいいんですよね」


「あぁ。ピッチピチの十七歳だとも!」


「ピッチピチ言うな」


 自分たちと同学年……そして同じクラス。

 ただでさえ、転入生というのは人目を集めるものだ。加えて、この美貌。


 彼女がアンドロイドであるかそうでないかなど関係なく、人の注目を集めることは避けられない。自分たちがなんとかサポートしなければ。


「こほん。さて、と……話は、これくらいにしようか」


 前置きはこれまでだ、というように、邦之助は咳ばらいをした。

 正直、前置きだけでお腹いっぱいになりつつあった鈴。いよいよ本題も本題に入ると言うことで、軽く身構える。


 アンドロイドのお披露目、その目的、そして名前……必要な儀式は済ませた。

 まだ細かにすり合わせをしないといけない部分はあるが、とりあえずは大一番だ。


 ……アンドロイドの起動、という大一番。


「このカプセルは、アンドロイド……愛の、いわばベッドだ。充電など、人間でいう睡眠機能がついている」


「なら、今は眠っている状態……それを、今から起こすと」


「そうとも。このボタンが、アンドロイドの起動ボタンだ」


 眠るアンドロイドを覗き込み、将は改めて息を吞んだ。

 あまりに美しいその表情は、確かにある意味作り物といえるかもしれない。


 これほどまでに整った表情が動く……その様子を想像するだけで、気持ちが熱くなるのを感じた。


「では、行くぞ」


 邦之助は、そっと蓋を撫でる。そしてその手で、ボタンに手をかけた。


「ね、ねえ、本当に大丈夫なの? 起きた瞬間に暴れ出したりとか……そもそも、本当にそんなボタン一つで起き……」


「ポチッとな」


「聞けよ!」


 不安げな鈴の台詞は遮られ、ついにボタンが押される。

 その瞬間、辺りは静寂に包まれた。元々音のない空間だ、口を閉ざせばなにも聞こえるものはない。


 不思議と、誰もが押し黙った。

 数秒、数十秒、一分……実際にどれだけの時間が流れたのか、わからない。


 やがて、なにも反応がないアンドロイドに、鈴が浅くため息を漏らした。


「なによ、全然起きないじゃない。どうやら失敗みたいね、見た目だけそれっぽくできても……」


「……ぁ」


 状況が変わらないことに、鈴は肩をすくめたが……小さく声を漏らしたのは、将だ。

 その反応に、鈴は将の顔を……視線の先を、追う。


 その先にあるのは、当然アンドロイドの姿であったが……


「……ぇ」


 その変化に、鈴もまた声を漏らした。

 眠っていた、アンドロイド。目を閉じていた彼女のまぶたが、かすかに……しかし確かに、動いたのだ。


 それは、何度か繰り返されたのち……ゆっくりと、まぶたが開いていく。


「あ……」


「動いた……いや、起きた……?」


 それは確かに、目覚めの瞬間だった。閉じていたまぶたが開かれ、透き通るように澄んだ水色の瞳が、露わになった。

 そして、彼女は横たえていた体を、起き上がらせようとして……


「……ぁたっ」


 ガンッ、と思い切り額をぶつけた。


 その光景に、将も鈴もなんと反応していいのかわからなくなる。

 そして邦之助は、気まずそうに咳ばらいをした後……にこりと、笑った。


「蓋開けるの忘れてた! てへっ」

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