第5話 それが、彼女の名前だ



 さて、アンドロイドの名前問題。

 残念なことに邦之助くにのすけにはネーミングセンスがないため、必然的にしょうりんが名前をつけることになる。


 二人とも、名前をつけるなんて大きな問題に関係を持ちたくはなかったが、さすがに『ロイ』なんて名前をつけさせるわけにはいかない。

 そのため、二人は腕を組んで考える。


「うーん、名前ねぇ……」


「ペットにつけるような感覚でいけば大丈夫だろ」


「……さっき自分が作ったアンドロイドは子供同然とか言っといて、よくもまあそんなことを」


 邦之助の発言に鈴は冷めた視線を送るが、言わんとすることはわかる。

 ペットとまではいかなくても、アンドロイドだ。いくら人に似ていても、しょせんは機械……機械に名付けるのに、頭を悩ませる必要もない。


 だからといって、適当につけていいはずもないだろう。結局、難しいところだ。


「名前をつけろって言われると、いいのが浮かばないのよねえ……」


「なんだ、我が娘ながら情けない」


「情けないとかお父さんだけには言われたくないんだけど!」


 ぎゃいぎゃいと騒がしい父娘をよそに、将は真剣に考えていた。

 名前……生き物に名前をつけるとなると、それなりの責任が発生する。

 アンドロイドを生き物と考えていいかは、わからないが。


 そのような責任を負いたくはなかったが、邦之助はもちろん鈴にもあまり期待はできない。

 邦之助ほどではないとはいえ、鈴にもあまりネーミングセンスはないのだ。本人はそう思ってはいないが。



『名前とは、わかりやすいものがいい』



 その意見は、将も賛成だ。そこからロイとする発想は将にはないが。

 わかりやすく、且つそれなりに似合った名前。


 アンドロイド……女の子……人間っぽい名前……

 様々な候補を挙げて、将の中には一つの名前が浮かんでいた。


「なら、こんなのはどうよ。アンコ。アンドロイドの子だからアンコよ!」


「うわぁ」


「うわぁってなによ! いいじゃないアンコ!」


「私はもっといい名前を考えたぞ。セヌンテスだ、かっこいいだろう」


「かっこよさとか求めてないわよ。なら、クルクルとかどうかしら」


 このままでは、アンドロイドにめちゃくちゃな名前がつけられてしまう。それは避けなければ。


「あのぉ」


 名前の出し合いをしている父娘の間に、将が手を上げる。

 それを見て、二人は一旦静かになり……同時に、将を見た。


「将?」


「一応、俺も名前が浮かんだんですけど」


「ほほぉ。それはぜひとも聞きたいな」


 果たしてこの二人が気に入る名前を出すことができるだろうか。


 ……いや、二人が気に入る名前ではない。

 このアンドロイドに、似合うと思った名前を言うのだ。


「えっと……アイ、ってのはどうでしょう」


「アイ……」


「アイ……」


 将の言葉を受け、鈴も邦之助もじっと固まった。

 二人とも黙り込んでしまった。二人はこの名前を聞いて、どう思ったのだろうか。


 緊張の一瞬。


「えっと、アンドロイド……AIってことで、アイってのはどうかなーなんて思って」


「……」


「それに、おじさんが愛を込めて作ったなら、AIと愛をかけてみたり……なんかして……」


「……」


 たまらず、将は口を開いた。アイと命名したその理由を話しているつもりだが、これが意外にも恥ずかしい。

 さて、二人の反応はどうだろう。


 そう、緊張の時間が流れる……


「アイ……いいじゃん、アイ! うん、いいよ! ロイなんかより絶対いい!」


「そうだな、さすがは将くんだ。アンコより断然良い名前だと思うぞ!」


「あぁ!?」


「んん!?」


 ……兎にも角にも、二人ともアイという名前に異論はないようだ。

 あまりに安直な名前だと指摘されてしまわないか、不安だったのだが……


 鈴も邦之助も、お互いにひどい名前を挙げすぎて、判断基準が緩くなっている部分はあるのかもしれない。


「よし、決まりだ! このアンドロイドの名前は、アイ! 廻間 愛はざま あいだ!」


 将が命名した、アイという名前。

 そして名字は自分たちのものを使うとして、本名は廻間 愛。


 それが、彼女の名前だ。


「いいじゃないかいいじゃないか。やっぱり名前が決まると、気分がアガるなぁ。ふふ、あーい、あーい」


「いい年したおっさんがくねくねしてんじゃないわよ……」


 自分の制作したアンドロイドに名前が決まったことが、よほど嬉しいのだろう。軽く踊っている邦之助に、鈴はやはり辛辣だ。

 そんな鈴も、将に振り向く頃には笑顔だ。


「それにしても、アイ、か……将ったら、結構いいセンスしてんじゃーん」


「いやぁ……あんまり凝った名前じゃないから、そこまで褒められることじゃないよ」


「なに言ってんのー、ロイよりずいぶんマシじゃないの」


 将の肩をバンバンと叩く鈴が、笑う。

 鈴のアンコも大概だけどな……と将は思うが、口には出さない。


 別にアンコという名前に文句はないが、ネーミングに至るまでの過程が……複雑なものだった。

 なんせ、アンドロイドの子でアンコなのだ。


「考えてることは同じなのになぁ……」


 アンドロイドという言葉から、同じくヒントを得て名前を考えたというのに、この違いはなんだろうか。

 ここでアンコになるかアイになるかが、ネーミングセンスの差なのだろうか。


 なんにせよ、これでアンドロイドの名前は正式に決定したということになる。

 廻間 愛。鈴の従姉妹の設定の彼女が、これから高校に通って感情を覚えるために、生活していくことになる。

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