第3話 つまり『心』を覚えさせること


 さて、いつの間にか家族間の問題になりつつあったところだが、そもそもアンドロイド制作についての話だったはずだ。

 しょうがそっと、手を上げた。


「そもそも、なんで女子高生型モデルなんですか?」


「!」


 話を本題へと戻そう。


 これまで、変態だなんだと話が転がってしまっていたが……そもそもの理由として、だ。なぜ女子高生型のモデルなのか。

 当然とも言えるその質問に、りんははっとする。自分も同じことを感じていたが、変態親父のせいですっかり頭から飛んでいた。


 将の疑問。それを受け、邦之助くにのすけが見せた反応は……


「え……なんでって……うーん……やっぱ、娘という身近なモデルがいるからかな」


 腕を組み、考えながら答えるという、なんとも頼りなさそうなものだった。


「み、身近って……じゃあ私が女子小学生だったら、女子小学生型になってたってこと!?」


「まあ……そうなるのか」


「アウト!」


 うーん、と頭をかきながらとんでもないことを言い始めた。鈴は拳を握る。

 いよいよ娘からの物理的制裁が下されようとしたところで、邦之助はパン、と手を叩いた。


「はは、冗談だ冗談。イッツジョーク!」


 そのまま拍手をするように話す邦之助に、鈴は額に青筋を立てていた。

 それを知ってか知らずか、邦之助は続ける。


「女子高生型……いや、高校生型にした理由は一つ。感情を覚えさせるため、そしてそのために学校へと通わせるためだ。

 なので、アンドロイドを生活させる舞台を高校とし、見た目を高校生に設定した」


「かん、じょう……?」


 首をひねる将に、「そうとも」と邦之助はうなずく。


「高校生という形を選んだ理由は、人間にとって一番感情が多感なのが高校生だからだ」


 指を立て、邦之助は得意げに話していく。


「……だから、高校に通っても不自然じゃない高校生の姿で作る、と。その中で、クラスメイトたちと交流させ、感情を覚えさせる」


「その通り! ザッツライト!」


 将の言葉に、邦之助が指を鳴らして何度もうなずいた。まるで首振り人形だ。

 対して、将には別の疑問が浮かぶ。


「でも、高校だからって高校生じゃなくちゃいけないってことはないですよね。先生とか、大人の姿でも通用するのでは?」


 舞台が高校であるなら、高校生にこだわる必要はない。高校には教師もいるのだ。


「うむ、確かにな。しかし、それでも年頃の人間と接する機会が多いのは、やはり同級生同士ということになるだろう!

 それに、先ほども言ったが身近なモデルケースが高校生むすめだったのでな」


 邦之助は、ちらりと鈴を見つめた。

 高校生である理由は話した通り。性別を女子にしたのは、一番身近に娘がいたからだ。


 どのみち、鈴がモデルに名乗りを上げなければ、別の高校生が尊い犠牲になっていたことだろう。


「すでに見た目、表情筋の変化など大まかなところから細かい部分に至るまで完成している。

 今回の最終目標は、人の感情……つまり『心』を覚えさせることだ」


 感情を覚えさせるために、高校に通わせる。

 多感な高校生に接する機会が多い同級生として設定した方が、より多くの人間と接することができる。


 なるほど、理には叶っているように思える。

 アンドロイド制作に目指す最終目標を改めて告げ、邦之助は拳を握りしめたのだ。


 隣でげんなりした様子の鈴の肩を、将はぽんと叩く。


「なあ、おじさん、本気でいやらしさとかは考えてなさそうだぞ?」


 その言葉に、邦之助が反応する。


「そうとも、わかってくれたかい! そう、私は人類の進歩のためにアンドロイドの研究をしているんだ! 他意はないとも!

 あぁ、やっぱり将くんは優しいなぁ。もし君が実の息子だったら、キミをモデルにするという手もあったのだが」


「!?」


 邦之助の思いもよらない言葉に、将は思わず肩を跳ねさせて反応する。

 それには鈴も同様だ。


「……だが、将くんに手を出したら、鈴に本気で嫌われそうでなぁ」


「お、お父さん!」


 自分がモデルケースにされる可能性があったことに将は驚いたが、別に裸を観察されるくらいなら……よくはないが良いと思った。

 少なくとも、鈴が恥ずかしい思いをするよりは。


 その鈴は今、なぜか顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているが。


 とはいえ、もうアンドロイドは完成したとのこと。

 後は起動し、感情を覚えさせるために学校に通わせるだけだ。


「さ、二人とも来てくれ。カモンカモーン!」


「……アンドロイドお披露目できるからって変なテンションになってるわね」


「あと徹夜明けでな」


 邦之助は、カプセルの近くへと二人を呼ぶ。

 将と鈴は顔を合わせ、頷き合ってからゆっくりと、足を進めた。鈴のため息も忘れてはならない。


 そして、カプセルの側へと近寄り……その中身を、覗き込んだ。


「……わ」


「これが……」


 アンドロイド……彼女は、カプセルに入れられていた。ベッドのような大きさのカプセルに、横たわるように。透明な蓋のようなもので閉じられているため、触れることはできない。

 その中で眠る顔に、将も鈴も思わず息を呑んだ。


 なんと、美しく整った顔だろう。それに、綺麗な白髪をしている。目を閉じているが……カプセル越しであれば、それがアンドロイドなどとはわからない。

 いや、きっと直接見ても、人間との区別はつかないだろうと思わせるほど。


 髪の毛からまつ毛の長さまで、細部に至るまで完璧に再現されている。

 その肢体にはシーツがかけられているため、身体を見ることは叶わなかったが。


「青少年への配慮を怠らない私を褒めてくれたまえ」


「……」


 自分と同じ体型のアンドロイドの裸を見られなくて安心した鈴だが、それはそれとして父を殴りたくもあった。

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