第2話 アンドロイドのことを熱心に考えてくれていた



 人類にとって新たなる一歩を歩むことになるであろう、アンドロイド制作。

 わりとすんなりと受け入れてもらえると思っていた邦之助くにのすけは、二人の反応に驚きと若干の不服を見せていた。


 アンドロイド技術……それがうまくいけば、今の世の中に新しい風を呼び込むことができるというのに。


「いやらしいとは失礼な。私はただ観察したかっただけだ、若い娘の身体を。完璧に近いアンドロイドを作るために、努力を惜しまない。

 そのためなら、見ず知らずの子相手だって説得して裸にしてみせるさ」


「この発言だけで通報ものでは?」


「変態! 変態親父!」


 ぐっと拳を握る邦之助に、りんは本気で親子の縁を切りたくなっていた。

 だが、そんなことをすれば一人になった父が本格的に人の道を外しかねない。そんな不安も多分にあった。


 もういっそ通報してしまおうか。いやでも、こんなのでも一応人類に数々の貢献をしてきた男だ。なぜか警察からの信頼も厚い。

 なので通報もできない。悔しい。


 娘の抗議に、しかし邦之助は平然とため息を漏らした。ため息を漏らしたいのは鈴の方だ。


「はぁ……あのなぁ、私はいやらしい目的など持っていないと言っただろう。

 私の目指すところにあるのは、未知の領域アンドロイドなのだから」


「なら見た目こだわる必要ないでしょ!」


「ちゃんと理由があるのさ、若い娘の……女子高生、いやさJKの身体にする理由が」


「若い娘とかJKって言い方やめろ! なんか生々しいんだよ!」


 邦之助は首を振る。首を振りたいのは鈴の方だ。


「ほら、言うだろう。まずは形から……と」


「どうだか。若い女の子の身体なんて、本当はいやらしい目的のためなんでしょ!」


 鈴の指摘に、邦之助は心外だとばかり肩を竦める。肩を竦めたいのは鈴の方だ。


「そんなわけあるわけないだろう。というか、いやらしいいやらしいと言うが、そんな想像するお前の方がいやらしいんじゃないのか」


「なっ……娘になんてこと言うの!」


「お前こそ父親になんてこと言うんだ!」


 父娘の口論は、止まらない。白熱した言い合い合戦だ。


「いいか、自分の娘と同じくらいの年の娘に興奮するとか、そんな犯罪者みたいなことをするわけがないだろう。いわばあくまでヌードモデルとしてだな」


「なによ、ヌードモデルって! どうせ犯罪者はみんなそういうこと言うんだわ!」


「偏見だ!

 まったく……なら、こう言い直そう。娘とまったく同じ身体をしたアンドロイドに興奮などしない!」


「言い直しても最低なんだけど! てか今変なルビ振ってなかった!?」


「私が作ったアンドロイドなら私の子供も同然だからな」


 どれだけ鈴が叫んでも、邦之助は涼しい顔をしてかわしている。


 鈴はもはや、叫びすぎて息切れを起こしている。

 深呼吸をして、なんとか息を整える。なんとかこの変態親父の目を覚まさせてやりたい。

 いや、もう手遅れかもしれないが。せめて真っ当な道を進んでもらいたい。


「ふぅ、ふぅ。

 それっぽいこと言ってるけど、『アンドロイド制作のために女子高生の裸体を観察』とかそれだけで逮捕ものだからね! お母さん天国で泣いてるよ!?」


 父の熱弁に、娘は冷ややかな視線を送りつつビシッと指を指した。

 お母さんが泣いているぞと。これならどうだと言うように。


 亡き愛妻の話題を出されると、邦之助は懐かしむように天を仰いだ。そして、うっすらと笑みさえ浮かべてみせた。


ミサか……ミサは、私のアンドロイド作りを懸命に応援してくれていた! それに、彼女はアンドロイドというものそのものににひどく興味を示してくれてなぁ」


「き、興味?」


 どこかうっとりした様子で語る邦之助の様子に、鈴は訝しげな視線を向けた。


「そうだともそうだとも。現にこう言ってくれたのだ。『貴方の目指す女子高生型モデルが完成したら、次は小学生男子型のモデルを作ってくれ』、と。

 そのようなことを私に訴えてくるほど、アンドロイドのことを熱心に考えてくれていたんだぞ!」


「お母さん!?」


 知りたくなかった母の一面を暴露され、鈴はこの場から逃げてしまいたかった。というか力が抜け膝から崩れ落ちた。

 地下室研究室として頑丈なこの部屋は、邦之助が許可しない限り扉は開かない。

 逃げたくても逃げられないこの状況。残念なことだ。あぁ無情。


 優しかったお母さん、ほんの数ヶ月前に亡くなったお母さん……まさかそのような趣味があったとは。知りたくなかった。


「……」


 その隣で、しょうもまた逃げてしまいたかった。昔はよくかわいがってくれたおばさんの隠された一面が暴露されたからだ。

 ふと思い返せば、小学校の頃おばさんのスキンシップがわりと多かった気がする。


 ……子供心に、人とくっつくのが好きな人だななんて思っていたが。まさかそんな真相が隠されていたとは。

 きれいな思い出のまま残しておきたかった。


「二人とも、なにをそんなにショックを受けているんだい?」


「お父さんは、その……いや、なんでもない」


 母の隠された秘密に、父はなんとも思っていないのだろうか。

 気になった娘であったが、確かめるのが怖かったのでやめた。それに、気づいていない可能性もある。


 下手に話題を掘り下げて、知らなくてもいい真相を知る必要なんてないのだ。

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