7-4
回帰の事実を伝える相手は、予定どおりユーディットとベルント、コルネリウスの三人にした。
当初、コルネリウスなどは鼻で笑っていたが、アルント伯爵とバーレ男爵の調査を秘密裏に進めるうちに、態度を一変させる。
彼らの周辺で、不自然に行方不明者が出ていたのだ。
この件の報告を聞くために、秘密を共通する六人がヴァルターの執務室に集まった。
「駆け落ち、仕事がつらくて夜逃げ、半年のあいだに四人が行方不明に。しかも天涯孤独や素行不良で勘当されている者など、真面目に捜す家族がいない者ばかり……。偶然とは思えませんね」
コルネリウスは報告書をヴァルターに差し出す。
「まず女癖が悪い放蕩息子をわざわざ使用人として雇う部分からしておかしいな」
貴族に仕える使用人は、身元が確かな者がふさわしい。
天涯孤独ならば、他家での実績があったり、信頼できる推薦人がいたりするはずで、素行の悪い者など論外だ。
コルネリウスの調査では、バーレ男爵の使用人の中に、明らかに本来ならば雇われるはずのない者が含まれていて、そして行方不明になっているというのだ。
しかも、その中には生まれは貴族で、魔法による傷害事件を起こし生家を追い出された者もいる。
血染めの薔薇の材料となる条件を満たしていた。
「そして、アルント伯爵のほうですが……彼は法務を司る文官で、極刑となったものや獄中で死亡した受刑者を埋葬するための墓地を管理する立場でした」
男爵が人を拐かし、血染めの薔薇の材料になった者は伯爵が管理するその墓地に埋められる――コルネリウスはそんな推測をしているのだ。
「ご苦労だった、コルネリウス。……どうだ? 我が婚約者の力はすごいだろう」
ヴァルターはアデリナの能力を証明できたことを誇っていた。けれど、コルネリウスの反応は冷めたものだ。
「あの話が事実だとしたら、アデリナ殿がすごいのではなく、ヴァルター殿下が危険人物すぎるのだと思いますよ。妻に苦労をかける男にはなりたくないものです」
アデリナもその言葉に思わず納得した。
「き、記憶はないが……そのような男にならないための努力を……今、しているところだ」
このままでは話が逸れてしまう。そう考えたアデリナはコルネリウスに問いかける。
「コルネリウス様、次に候補になってしまいそうな方はわかりますか?」
「最近バーレ男爵に雇われたメイドが一人、条件に当てはまっています。……失踪が続くと不自然ですから、しばらく猶予があると信じたいところですね」
アデリナの推測では、人の命を糧に生み出す禁忌の力が量産されていくのは、実際に内戦が起こって以降だ。今は実験段階であり、今後二ヶ月のあいだに次の犠牲者が出ないことを祈るばかりだ。
これから犠牲になる人を救うために作戦を台無しにはできない。
そんな甘えを持ったままでは国王とカールを排除するなんて夢のまた夢だ。なにを優先すべきかを見失ってはならない。
(でも……なんだかモヤモヤする)
ただ一人記憶を持ったまま回帰してからずっと考えていたことだが、アデリナにはできることが少ない。
未来予知に似たこの力は、持っている者の権力の大きさに比例して、効力を発揮する。
望む未来のために見て見ぬ振りをする罪悪感はこれからもアデリナの心を苛むのだろう。
「では、あまり顔の知られていない配下の者に、そのメイドとの接触をさせてみよう。情報を得られるかもしれないし、その者に逃げ場があったほうがいい。手配はベルントに任せる」
ヴァルターの言葉に驚き、アデリナは彼を見つめる。
次の候補者を、敵に知られないようにしながら守ると言っているみたいだ。
確かに情報を得られる可能性はあるが、敵に悟られる危険性もある。アデリナの知っているヴァルターらしくない指示だった。
(私が、犠牲を気にすることを察してくださったの?)
「男爵に知られないようにするのが難儀ですが……まぁ、なんとかなるでしょう。頑張ってみますよ」
ベルントは白い歯を見せて笑った。
頼もしい言葉に、ヴァルターも頷いて次の指示を出す。
「ユーディットは変わらずセラフィーナの護衛を続けてくれ。セラフィーナはいつもどおり過ごして、カールに動きを悟られないように」
「かしこまりました、殿下! しっかりお守りいたします」
「心得ておりますわ。お兄様」
ヴァルターの指示は的確だった。
賢い青年であるし、敵ではないものには優しさもみせる。
回帰して以降、アデリナは本当に長く共に過ごした彼のことを、理解できていなかったのだと思い知る。
少なくとも光属性時代の彼は、魔王ではない。
「そして、アデリナ」
「はい!」
なにか仕事を頼まれるのだろうか、意見を求められるのだろうか。
アデリナはつい期待してしまった。
「明日はデートだから、早く寝るんだぞ」
「……」
結局、この先にあったかもしれない未来を語り終えたアデリナには大してできることがないらしい。仕事が与えられないことにも、皆の前で浮かれた発言をするヴァルターにも不満だ。
「……嫌なのか? 観劇に行きたかったと言って泣いていたくせに」
「うぅ!」
ヴァルターは恋愛に関しては鈍感なようでいて、時々妙に鋭い。
観劇に行きたがったのに、デートに乗り気ではないのは矛盾だ。
観劇に行きたかったのは、過去の自分が一度くらいは報われたかったからだ。
先日まではどんなに足掻いてもヴァルターが心の底から愛してくれることなどないと思っていたから、油断していた。
「アデリナったら、そんなことで泣いていたの? 可愛いわね」
セラフィーナがニヤニヤとしている。
「可愛くないです!」
心が二十八歳のアデリナは、もうそんな言葉で喜べる精神年齢ではない。しかもその可愛いという言葉には明らかに子供っぽいという意味が含まれている。
「……あなた、わたくし以上のひねくれ者だったの?」
アデリナは返す言葉が見つからず、皆の注目を一身に受けながら以降だんまりを決め込むことで、どうにかその場をやり過ごしたのだった。
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