7-1 唐突に、生まれ変わるなんて言われても困ります
王家の内紛が始まってからあと少しで三年となる頃――。
オストヴァルト城内にあった血染めの薔薇の製造拠点が、ヴァルターによって破壊されて以降、一気に第二王子派が優勢になっていった。
それまで日和見を決め込んでいた中立派、そして王太子派の貴族たちまでこぞってヴァルターの前でひざまずく。
側近の中でも戦うことを得意としていないクラルヴァイン伯爵家は、ヴァルター側に寝返りたい貴族と第二王子派を繋ぐ窓口となっていた。
この日もアデリナの両親――エトヴィンとジークリンデは、交渉のため本拠地となっているヴァルターの所領から離れていた。
ジークリンデの世話をするために、普段はアデリナ付きのメイドであるロジーネも同行している。
アデリナはヴァルターの秘書官としての職務で忙しかったため、帰りの予定が一日過ぎていたことにも気づかなかった。
交渉の遅れや天候の影響で旅の日程が数日ずれ込むこともあるから、知らせを受けるその瞬間まで、家族が乗った馬車が襲撃を受けていた想像なんてしていなかった。
「……そ、そんな……っ。お父様、お母様……ロジーネまで……? 信じられないわ……」
訃報を持ってきたのはベルントだった。彼は別件で本拠地を離れていて、道中で襲撃を知って現場に急行してくれたらしい。
けれど、知らせを受けた時点ですべてが終わったあとだった。
襲撃により、伯爵夫妻、クラルヴァイン家の家令、メイドのロジーネと護衛として同行していた軍人二人が死亡し、五人が重傷を負った。
最初は信じられずにぼんやりとしていて、一日遅れで運ばれてきた棺を見た瞬間、泣き崩れた。
「い、いやぁ……! 私を一人にしないで……。お父様は防御魔法が使えるのに……負けるはずはないのに!」
敵にも魔法が使える者は多くいる。
ヴァルターの側近となったクラルヴァイン伯爵の能力は、敵に把握されていて当たり前だった。
きっとヴァルターに口利きをしてほしいという依頼そのものが、カール側の罠だったのだ。
王太子派との全面対決を決めて以降、犠牲なしに大事を成し遂げることはできないと頭ではわかっていても、近しい者が亡くなる覚悟はできていなかったのかもしれない。
アデリナは並べられた棺からいつまでも離れられなかった。
「アデリナ……」
呼びかけたのはヴァルターだった。
「ちゃんと、弔ってあげなきゃダメですよね。早く職務にも復帰しなきゃ……お父様に叱られてしまいます」
「伯爵は……アデリナを叱らない。母君も、メイドもだ……皆、君には甘かった」
「そうかもしれないです……でも、だからこそ……いつまでも甘えた小娘ではいられません」
もう甘えを許してくれる家族はいない。
それを理解したアデリナは、ハンカチで涙を拭いて立ち上がった。
忙しさは悲しみを和らげてくれる。
ひたすらに仕事をしているあいだだけ、アデリナは余計なことを考えずにいられたのだ。
ヴァルターもそんなアデリナの状態をわかっているのか、無理に休めとは言わなかった。
この時期の二人の小さな変化は、プライベートな時間も一緒に過ごす機会が増えていった部分だろう。
それまで朝食は各自の部屋で食べていたのに、日中の予定の擦り合わせを兼ねて一緒にとるようにという命令が下った。
お茶の時間も同様だ。
ヴァルターの前では食事を残すことができないし、出されたお菓子にも手をつける。彼はそれをわかっていて栄養管理のためにアデリナの同席を求めたのだ。
葬儀が終わってしばらくしたこの日も、アデリナはヴァルターとお茶の時間を一緒に過ごしていた。
「ヴァルター様、いつもお気遣いありがとうございます」
不器用な優しさは、確かにアデリナの支えになっている。
この頃のアデリナは、はっきりと彼への好意を自覚するようになっていた。
ヴァルターは闇属性が相手を傷つける可能性を考え、他者に触れることを恐れている。
だから抱きしめたりキスをしたりという恋人みたいな行動は一切してくれなかったが、誰よりも近くにいることを許してくれていた。
彼は、半身たるセラフィーナの
復讐に生きる彼が恋をしたり人を愛したりする可能性は低い。
けれども、優しさを完全に失っているわけでもない。
それだけでアデリナは満足だった。
「……べつに、過去の君を真似ているだけだ」
過去とは、セラフィーナを失った直後の頃を指す。
あの頃、ヴァルターとアデリナは政略によって結ばれた大して親しくもない婚約者同士だった。
闇属性へ完全なる転化をしたばかりのヴァルターはまともに眠れず、誰かが見張っていないと食事もしない状態が続いていた。
それを見ていられなかったアデリナは、ヴァルターからの拒絶や冷たい言葉にもめげず、対話を続けたのだった。
「そうでしたね……。秘書官になると決めたのは、ヴァルター様がお食事を召し上がろうとしないからでした」
人に諭されるとしぶしぶ従うため、とにかくアデリナが世話を焼くようになった。
それまでは四歳年上の彼を、冷たくて怖い人だと感じていたアデリナだが、いつの間にか手のかかる弟みたいな印象に変わっていた。
婚約者としての成り行きで、不思議な関係を築いていったのだ。
(婚約者、か。そういえば、クラルヴァイン伯爵家は……)
オストヴァルトの法では、当主が後継者を定めないうちに死亡すれば爵位を返上しなければならない決まりだ。
一応、婿予定だったのはヴァルターだが、手続きをしていなかったため、アデリナはもはや伯爵令嬢ではないのだ。そのことを急に思い出す。
「後継者がいないので、クラルヴァイン伯爵家は消滅してしまいましたね。私はこれから……」
伯爵令嬢を名乗れなくなったアデリナが彼の隣にいてもいいのだろうか。
たずねる前にヴァルターが口を開いた。
「そもそも爵位を授ける側の国王によれば、私たちは皆等しく逆賊らしいから、どうでもいい。こちら側での君の立場は私の秘書官で……事を成し遂げたあとは新たな規則で君の身分を保障するから」
それはアデリナに限った話ではなかった。
このまま順調に進んでヴァルターが国王となれば、戦の功労者には今より高い地位が与えられ、カール側に組した者は身分を剥奪される。
(出世したいわけではないのですが……)
元々秘書官には身分の規定がないし、ヴァルターが見捨てるとも考えていない。
アデリナが気にしていたのはもう一つの肩書き――「婚約者」のほうだった。
王子と伯爵令嬢の時点ですでに釣り合いは取れていないのだが、伯爵令嬢ですらなくなったのだから、完全に妃候補からはずれる。
そんなアデリナの予想は意外にも当たらなかった。
国王とカールを討ったあとのヴァルターは即位を前にしてアデリナにこう告げた。
「アデリナ……私には至らぬ部分が多い。王妃としてこれからも支えてくれ」
好きだ、愛している――そんな言葉はプロポーズのときすら与えられなかった。
それでも彼らしい求婚にアデリナは頷き、理想の王妃となるべく邁進するのだった。
おそらくアデリナの二十八年の人生の中で、ヴァルターの即位や二人の結婚式が執り行われたこの時期が一番幸せだっただろう。
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