6-4

(アデリナがこの力を疎まずにいてくれるのならば……私に好意を寄せてくれるのならば……)


 常に前向きな彼女と一緒にいられたら、闇に染まらずにいられるのではないか。

 そう考えたヴァルターだが、期待はすぐに落胆に変わる。

 アデリナの表情が急に険しいものになったのだ。


「私たち、白い結婚で……ヴァルター様の愛情なんて、これっぽっちもありませんでした! もうお忘れですか? 私はあなたをダメ夫だと言ったんです」


 完全に怒っている。

 ヴァルターはどうやら、彼女の機嫌を損ねる発言をしてしまったらしい。


(関係が希薄で白い結婚……? それなのに、長く私を支え……今もこうして私を守ろうとしている。……どういうことだ……?)


 これまでアデリナの話は一貫していて、荒唐無稽だと一蹴できない説得力があった。

 けれど、二人の関係を深くたずねた瞬間に、多くの矛盾点が見受けられるようになる。

 ヴァルターがダメ夫であるのなら、彼女がヴァルターやセラフィーナのために動いている根本からしておかしい。


 それに、白い結婚というのも変だ。

 ヴァルターは闇属性という秘密を抱えているし、政治的に難しい立場にあるから、アデリナとの結婚を望んでいなかった。


 けれど、アデリナの語る未来では闇属性が秘密ではなくなり、国王となる。

 だとしたら、結婚相手に手を出さないなんて不自然だ。


(どう考えてもおかしい……私にだって欲望はあるのに……まさかそれも闇属性の影響なのか? そうでないのなら、私はアデリナを嫌っていた?)


 それほど関係が冷え切っていたのだろうか。結局回帰前の自分に問いただすことはできないので、思考は堂々巡りとなる。

 記憶を持っている人物にたずねるしかないのだった。


「……なぜ……君は私に協力なんてしているんだ?」


「それは……セラフィーナ様を守って、ヴァルター様の闇落ちを防ぐために……」


 ヴァルターは冷静に考えてみる。


 アデリナの目的は家族を守ることと、そして再びの回帰をふせぐことだ。

 だとしたら、セラフィーナの死も、ヴァルターの闇属性への完全なる転化も、必ず防がなければならない事態ではない。

 ヴァルターに手を貸さないほうがむしろうまく行く可能性が高いのではないだろうか。


「君は、私が時戻しの魔法を生み出すより早く……例えば、今の段階で闇属性の噂をばら撒いて、他者の前で転化の兆しが出てしまうように画策すればいい。なぜそれをしない?」


 カールを嫌っているにしても、あえて一番困難な道を進んでいるとしか思えない。


 アデリナにとって王太子カールは家族のかたきである。

 だとしても、回帰したためクラルヴァイン伯爵家の皆は健在だった。家族の安全を優先するのならば、カールへの復讐をあきらめるべきだ。


 彼女はそういう計算ができる人ではないのだろうか。


 ヴァルターが闇属性だと知れ渡り、幽閉されたら魔法の研究などできなくなる。

 伯爵家が王位継承争いに巻き込まれないようにするための方法は、ヴァルターの不幸が前提ならばいくらでも思いつく。


 例えば今日がその機会だった。

 暗闇のせいで見えづらかったのかもしれないが、ヴァルターの髪や目の色が変わっていた可能性があるし、わずかに闇の魔力を放出していたはずだ。


 大声で叫び、誰かを呼んで目撃者になってもらえばよかったのだ。

 そうすればヴァルターは囚われの身となり、結果として内戦は起こらない。うまく立ち回れば彼女は忌むべき力を持った者を捕らえた英雄になっていた。


 アデリナは再びの回帰を防ぎ、伯爵家を守るという条件を満たす道があったのに、あっさり捨てたのだ。


「それでは、だめなんです……。私が守りたい方を守れません」


 アデリナは大きく首を横に振った。

 回帰前はほぼ親交がなかったらしいから、アデリナが守りたい相手は五ヶ月後に命を落とす予定のセラフィーナではないはずだ。

 ランセル家の兄弟ですら、二人の王子の全面対決に巻き込まれないほうがむしろ安全な気さえする。


 ヴァルターだけが破滅する道があるのだから、アデリナが守りたいのに守れない者に該当する者は結局一人しかいない。


「私……なのか?」


「ヴァルター様は私にとって嫌いになりたい方です!」


 憤り、涙目になってにらみつけてくる。

 けれど「嫌いになりたい」という言葉は、今の段階ではヴァルターを嫌っていないという意味になるはずだ。


「……嫌いだ、とはっきり言わないと……」


「私は……優しくない、愛してくれない……そういうダメ夫は好みではないんです。でも、放っておけなくて……だから、やり直したら絶対に嫌いになってやるんだから……って本気で思っています」


「アデリナ……」


「今だって、お父様もお母様も生きていて……この世界で私の両親は王太子派の襲撃を受けたわけじゃないから、そちら側についたほうが楽だってわかっています。……でも、できないんです! ヴァルター様の破滅をどうしても望めない」


 結局、嫌っているとか憎んでいるという決定的な言葉は出てこなかった。

 ヴァルターは泣いている彼女の肩を引き寄せ抱きしめた。

 アデリナの身体がビクリと震え、ほんの少し腕に力がこもる。戸惑っているのが伝わってきた。


(慣れていないのか……? 闇に囚われた私は本当に、こんなことすらできない男になるのか……。だが、その未来すら変えていけるはずなんだ)


 出会ってからの一ヶ月はアデリナばかりに負担をかけてしまった。

 正直、回帰前の記憶を失ったヴァルターには彼女にひどいことをした自覚はないままだ。

 それでも、アデリナが語ったような男には絶対にならないという思いだけは本物だ。


「すまない、アデリナ……。今日からは……私が、ちゃんとする……きちんと考えるから」


 ヴァルターはどこまでも勝手な男だと自覚しても変われなかった。

 きちんと考えると言いながら、今すぐにアデリナを解放し自由にしてやるという言葉は最後まで出てこなかった。

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