4-5

「賢いあなたならわかっているわよね? わたくし、あなたの立場を……その……」


 セラフィーナはアデリナを四つ年下の妹分だと思っているみたいだが、アデリナのほうも彼女のことを妹のように感じていた。

 必死になって弁明する様子は、どこか可愛らしい。


「迫真の演技に圧倒されてしまいましたが、もちろん理解しております。……セラフィーナお姉様、私と伯爵家へのご配慮ありがとうございます」


「そうなの。そうなのよ! 当然、わかってくださるわよね?」


「でも……お気に入りのドレスが汚れてしまったのですが……」


 一生懸命なセラフィーナの姿を見ていると、つい意地悪をしたくなる。

 事情があったとはいえ、採用試験のときに酷い目に遭ったので、これくらいは許されていいはずだ。


 セラフィーナは困った顔で悩みはじめた。

 そしてなにかを思いついたと言わんばかりに手をポンと打つ。


「……そうだわ! 今度お兄様に買ってもらえばいいのよ」


「ヴァルター様に?」


「我ながら素敵な考えですわ! わたくしからアデリナをお買い物デートに誘うようにお願いしてみるの。あの人、気が利かないけれど、『こうするべき』って言うと、真面目に取り組むのよ」


 確かに、セラフィーナの助言ならばヴァルターは素直に聞くに違いない。

 名案を思いついたセラフィーナは、腰をクネクネさせながらステップを踏み出す。


「アデリナにはどんなドレスが似合うかしら……? その真珠のネックレス、お兄様からのプレゼントなのでしょう? 青もいいし、ピンクも春らしくていいわ」


 一人で勝手に盛り上がっている。

 けれど、アデリナはあまり乗り気になれなかった。ここは正直に言うべきだ。


「あ……あの……。……そういうのは結構です」


「どうしたの? 遠慮はいらないわ。デートよ、デート! 素敵でしょう?」


「遠慮ではありません。……ヴァルター様とお買い物デートをして楽しめる自分の姿が想像できないのです」


 アデリナは断言した。

 実際、彼との付き合いは長いため、よくわかっている。想像できないというより、知っているのだ。

 ヴァルターはアデリナとのデートを楽しまないし、不機嫌そうなヴァルターと一緒にいても嬉しくない。


 それに、妹の頼みでデートをする……という部分も気になった。


(そう……回帰前のことだけれど、婚約してから最初のデート……。歌劇を観に行く約束を思いっきりすっぽかされたのよね……)


 よりにもよって、セラフィーナが風邪を引いたから行けないという理由だった。

 さらに翌日、その風邪を引いたはずのセラフィーナが公務で孤児院を視察していたという情報まであった。


 つまり彼は、婚約者との初デートよりも、一晩で治る程度のセラフィーナの体調不良のほうを優先したのだ。

 アデリナには兄弟はいないが、アデリナを大切にしてくれている父も母も、娘の風邪くらいで予定変更などしない。

 メイドに看病を命じて、せいぜいアデリナの好物を買ってきてくれる程度の対応だ。


 一応成人している兄妹として、あの対応はいかがなものかと今でも思っている。


「デートを楽しめない……ど、どうして?」


 未来に起こるはずの話を正直に告げるわけにもいかず、アデリナは言葉を探した。


「そうですね……。ヴァルター様は女性のドレスを意気揚々と選ぶ方ではないと思います。無理をさせてもいい関係は築けません」


「男性の趣味に合わせるのは素敵なことですけれど、お兄様にそんなことを言ったら戦闘訓練しかできなくなってしまうわよ。そんなのつまらないわ。……お兄様がアデリナに合わせるべきでしょう?」


「……でも、強要はしたくないんです」


 今のアデリナは、ヴァルターがあえてアデリナを遠ざけようとしていたことも知っているが、冷たい態度のすべてが嘘というわけではないことも知っている。

 義務感での訪問も、土壇場ですっぽかしても許される程度のデートも、むなしいだけだった。

 心が伴っていないと意味がない。


「アデリナ……本当にお兄様を気遣っているのね……婚約者の鑑だわ。想う殿方には尽くすタイプというやつでしょう?」


「い、いいえ。……そうではなく……。たぶん、セラフィーナ様は誤解されています」


 アデリナは大きく首を横に振り、セラフィーナの言葉を否定する。

 デートを強要するべきではないと思うのは、アデリナが自分の心を守りたいからであって、ヴァルターを気遣ってというわけではない。


「誤解? どのあたりかしら?」


「私……ヴァルター様とは三回しか会っておりません。それなのにただ婚約しただけで、相手に好意を持ち、尽くすなんて……そんなふうに考えられるほどおめでたい頭ではないのです」


「え? じゃあ、どうして……わたくしの侍女に……?」


「婚約者からの信頼を得たいですし、共闘関係を築けたらと思っています。ただ……恋に溺れて我を忘れるようなことは……この先もないと思います」


 信頼は得たい、でもまた同じ恋はしたくない。

 この微妙な差異を人に伝えるのは難しい。


「で……では、もしもの話だけれど……例えば陛下のお気持ちが変わって、あなたとお兄様の婚約が強制的なものではなくなったら……どうなさるの?」


「理由がなくなれば解消されるはずです。ヴァルター様も私も、継続は望まないと思います。互いに利点がないでしょうから」


 この先、ヴァルターとアデリナの婚約が強制的なものでなくなる可能性は相当高いだろう。

 回帰前は実際に、そういう状態になった。

 一度目は、強制する者がいなかったにもかかわらず、アデリナはヴァルターと結婚する選択をした。

 だからこそ学び、今は本気でもっと安心安全な恋がしたいと思っているのだ。


「利点って……。お兄様、顔はいいわよ! この国一の美男子と言っても過言ではないわ。頭もじつはいいし、けっこう強いし」


「顔で伯爵家は守れません」


 それにアデリナが理想とする未来ではクラルヴァイン伯爵家は断絶しない。

 ヴァルターがカールを排除したらいずれは国王となるのだ。伯爵家への婿入りは叶わなくなり、自然と婚約解消となるはずだった。


 もちろん、王太子を排除したら……なんていう不穏な仮説で話はできないのだが。


「あなた、さびしいくらい現実主義者なのね……。でしたら、アデリナの理想の男性ってどんな方なの? ベルントみたいな明るくてたくましい殿方? それともコルネリウスみたいに知的な方?」


 問われて初めて、アデリナは具体的な想像をしていなかったことに気がつく。

 綺麗で、でもたくましくて、知的で、素晴らしい魔法の使い手で……と条件だけを羅列していくとなぜかヴァルターを排除できない。


(そう……そういうのじゃないわ。領地の運営は私がすればいいし、必ずしも学問の分野で優秀じゃなくてもいいのよね。平和な時代なら戦う力はなくてもいい。……コルネリウス様は厳しくて怖いし……ベルント様は優しいけれど猪突猛進な部分があって……)


 そもそもセラフィーナとアデリナで、共通の知人男性が三人しかいない。

 誰々みたいな……と表現するのが難しいのだが、真面目なアデリナはそれでも必死になって答えを探す。


「ええっと……そうですね。例えば、ユーディット様みたいな方でしょうか! 優しくて話が弾む方がいいです。なんだか、物語に出てくる王子様みたいなんですもの。それから、一途で私だけを特別に想ってくれる方がいいなって思います」


 もちろん、彼女との付き合いも浅いから別に恋心を抱いているわけでもないし、ユーディットが女性であることもきちんと認識していた。

 恋愛対象にならない相手だからこそ、気軽に名前を出せたのだ。


「……お!」


 突然、セラフィーナが奇妙な声を上げた。

 アデリナの背後を凝視したまま、固まっている。


「お……?」


 アデリナはとりあえず、セラフィーナの視線を追うように振り返る。

 そこには、銀色の髪の青年が立っていた。

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