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「それで王太子殿下。今日はいったいどのようなご用があって、こんな場所までいらっしゃったのでしょうか?」


 問いかけたのはセラフィーナだった。


「フン……。先ほどのやり取り、できることならばおまえの信奉者たちに見せてやりたいものだな」


「どうぞご勝手に。どちらに信用があるのか、勝負するのも一興ですわ」


 キラキラとした笑みで応戦する。

 セラフィーナを女神として崇める者たちは当然信じないだろう。

 そして、苛烈な性格であからさまに異母妹を憎んでいるカールが、どれだけセラフィーナの悪口を言っても、あまり信憑性がない。

 王太子派の貴族でさえ、心の底から信じるかどうかあやしい。


(それにしても、王太子殿下はセラフィーナお姉様の裏の顔をご存じなのね。裏なのか表なのか……よくわからないけれど……)


 アデリナは、この頃になってようやく紅茶をかけられた理由を理解しはじめた。


「女狐が! ……まぁいい。ヴァルターが婚約した途端、その相手がおまえの侍女になったというから、どれだけ親しい関係なのかと思えば……フフッ、ハハハッ!」


「あら、わたくしたちさっそく仲よくなりましたのよ。アデリナはちょっとお願い・・・しただけで、喜んで侍女になるって言ってくださったの。今だって忠実に仕えてくれていますし、彼女がお兄様の婚約者になってくださって、とーっても感謝しておりますの」


 どれほど美しい笑みを浮かべていても、その仲よしであるはずのアデリナのドレスが汚れている状態では逆の意味にしか聞こえない。


(なるほど……セラフィーナお姉様は私のために……)


 表は女神、裏は傲慢王女として振る舞っているが、そのどちらも彼女の本質ではないのだ。


(女神を演じる悪女……を演じる、素直じゃないけどやっぱりいい人……。つまり一周回っていい人……ってことかしら?)


 アデリナはセラフィーナの人柄についてそう結論づけた。

 彼女はきっとカールがこの館に近づいている気配に気づいて、アデリナを侍女として採用した経緯を隠そうとしてくれたのだ。


 カールは間違いなく、アデリナがセラフィーナの奴隷状態であると誤解している。


「つまらぬ」


 カールは踵を返し、お付きの者たちを従え去っていく。

 新しく異母妹の侍女になった者が冷遇されている様子を眺め、そんな感想を抱くのだから、相当歪んでいる。


(どうにか、先手を打ちたいわ)


 アデリナは去っていくカールの背中を見つめながら思案した。

 今回、アデリナは全力でセラフィーナを守る気でいる。

 けれど、それだけではアデリナの平穏な生活は保証されないはずだ。


 今の時点ですでに、カールとの対立は避けられない。

 この先、王子同士の争いが勃発する根本的な原因は、それぞれの母の死である。


 カールは自分の母が身罷ったのは、国王の不義理のせいだと考えていて、憎しみの矛先を浮気をした父親ではなく、誘惑した悪女一人に向けている。

 これは、父親と対立してはさすがに王太子としての地位が危ういと考えているからだろう。


(ヴァルター様のお母上に、拒否する権利があったとは思えないけれど……)


 一方、ヴァルターのほうも母親を王太子派の手の者に殺されたと考えていて、こちらは権力者を断罪する者がいなかったからうやむやにされたが、ほぼ間違いなく事実だ。


 アデリナの干渉により、回帰後の世界でセラフィーナの暗殺を阻止しても、結局は王子のどちらかが倒れるまで、争いの火種は消えない。


 この時期、ヴァルターは南部貴族と盟約を結んでいて、いずれ訪れる戦いに備えている。


(でも……それではだめ……)


 半年後に対立しては遅い。

 アデリナの理想の未来では、ヴァルターが闇に染まらず、光属性のままであり続ける可能性がある。

 光属性のヴァルターの力を、アデリナはすべて知っているわけではない。

 けれど、心までも焼き尽くす勢いの闇属性の力よりも戦闘力では劣っているはずだった。


 セラフィーナの死を回避した結果、カールの力はそのままで、ヴァルターの力だけが弱まってしまう危険性がある。


 少なくとも、血染めの薔薇の製造拠点を叩いておくことは必要ではないだろうか。


(セラフィーナお姉様の暗殺阻止と同時に、血染めの薔薇の件で現王家を断罪することを考えなければ)


 アデリナは平和主義者ではなかった。

 敵に情けをかけるつもりはない。

 ただし、全面的な戦いには味方の犠牲が伴うことを、実体験として知っている。


 アデリナの介入により、ヴァルター側に不利な条件で対立が表面化したら、元も子もない。


 令嬢であるアデリナにできることは限られている。

 だからこそ、早く話を聞いてもらえるだけの信頼か、もしくは回帰している事実を説明しないままこの先に起こることを語れるだけの客観的な証拠が必要だった。


「アデリナ……」


 真剣に考え込んでいたアデリナは、周囲の声が聞こえなくなっていた。

 セラフィーナに名を呼ばれ、そういえばドレスが紅茶だらけだったことに気がついた。


「そんなにショックだったの? ご、ごめんなさい」


 シュンとした顔で、ハンカチを差し出してくる。

 セラフィーナが素直に謝罪ができる人だったことを、アデリナは初めて知った。


「いえ、あの……」


「許して! アデリナ……わたくしの、未来の妹のアデリナちゃん……」


「アデリナちゃん……って」


 瞳を潤ませて、手を握りしめてくるセラフィーナの態度に、アデリナはなぜだか笑ってしまった。

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