4-2

 どうにか侍女として採用されることになったアデリナは、一週間で出仕の準備をして、再び青の館を訪れた。

 季節は春。防寒着などは必要ないため、ひとまずの引っ越しは馬車一台に積載可能な程度に収まる。


(まずはセラフィーナお姉様から信頼されるようになって……それから、時戻しの魔法についてお二人に話すの! そうしたらきっとヴァルター様が動いてくださるわ)


 馬車での移動の最中、もう一度今後の方針について整理した。


 時属性のアデリナが使える魔法は、物質の時間を止めることだった。

 どんな魔法を使っても「止める」までが限界で「戻す」なんてできないというのが魔法理論の常識となっている。

 数多の魔法研究者が時間を操る方法を模索したが、ヴァルターが生み出すまで存在しない現象だ。


 信頼を得られないうちに話せば、荒唐無稽だと笑われてしまう。

 笑われるだけならばいいが、虚言癖があると疑われて解雇されたら取り返しがつかない。


(それにしても、これから危険な場所に乗り込むというのに、私ったら随分前向きね)


 本来のアデリナならば、半年後に暗殺者が現れることが確定している場所になんて、そうとわかっていたら絶対に行かない。


 それに、オストヴァルト城の地下では血染めの薔薇の研究が行われている。

 オストヴァルト城は、王妃だったアデリナの感覚ではつい先日まで自分の住まいという認識だが、恐ろしい場所でもある。


 やはり、数々の危機を経験した二十八歳までの記憶がアデリナの行動を大きく変えている。


 やがてアデリナを乗せた馬車は普段とは違う入り口から城内へと入り、青の館の前まで進んだ。

 これからこの館で暮らすための荷物を運び込む必要があったため、あらかじめ許可を得ていたのだ。馬車を降りるとユーディットがそばまでやってきてエスコート役を引き受けてくれる。


「ありがとうございます」


「お安いご用ですよ、アデリナ様」


 男装をしていても明らかに女性だとわかる人だが、立ち居振る舞いを含めるとヴァルターよりもよほど王子様という言葉が似合う。


 素敵な王子様にいざなわれ、エントランス扉を開く。

 館の中まで進むとやたらと偉そうな態度のセラフィーナが立っていた。


 その後方にメイドのリンダ、ほかには回帰後の世界では初めて出会う二人の青年の姿もある。


 まずは、挨拶からだ。


「本日より正式に王女殿下の侍女を務めさせていただくこととなりました。アデリナ・クラルヴァインでございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 侍女にふさわしい落ち着いた印象のドレスと、ヴァルターからもらった真珠のネックレスという姿で、アデリナは挨拶をした。


「お姉様……でしょう? 物覚えが悪いのかしら?」


 セラフィーナは扇子をパタパタとさせながら、さっそくアデリナに悪態をつく。


「ですが、職務中で……」


「堅物なのも、つまらないわ」


「セラフィーナお姉様、今日からよろしくお願いします」


「それでいいのよ。よろしくね、アデリナ。……さっそくだけれど、これからよく顔を合わせることになる者たちを紹介するわ」


「はい」


 アデリナたちは青の館のリビングルームまで移動した。

 豪華なテーブルとソファがある場所だ。お茶の用意をしているリンダ以外の者が着席する。


「ちなみに、お兄様は職務で不在です。夕方には会えるはずですからお楽しみに!」


 とくに会いたいとは思わない――などとは言えず、アデリナはぎこちなく笑みを作る。


「ユーディットはすでに紹介しているわね? 彼女は国王の不興を買って引退させられたバルベ将軍の娘で、お兄様の部下よ。……階級は中尉。基本的にわたくし専属の護衛をしているの」


「は、はい。改めましてよろしくお願いいたします。ユーディット様」


 国王の不興を買って……という説明が必要だったかどうかは疑問だが、アデリナはひとまず聞き流した。


「また手合わせしましょうね!」


「今度こそお手柔らかにしていただけるのならば、ぜひ」


 主人であるセラフィーナがくせ者で、その兄であるヴァルターが心に闇を抱えている。

 青の館の職場環境はお世辞にもいいとは言えないが、ユーディットみたいな裏表のない素直な人がいるだけで、かなり心強い。


「それから、メイドのリンダ。彼女はバルシュミーデ公爵邸で働いていたの。若いメイドが公爵の手籠めにされかかっているところを助けたことで解雇されてしまったので、わたくしが雇用することに……」


「オホホ、もう五年も前の話ですわね。懐かしい」


 バルシュミーデ公爵は、王太子カールの外祖父でセラフィーナたちの政敵だ。

 いちいち紹介に理不尽な経歴が添えられているにもかかわらず、側仕えたちはなぜか明るい。


「よ、よろしくお願いします。リンダさん」


 セラフィーナは残る二人の男性に視線を向けた。


「次は……お兄様の副官でベルント・ランセル大尉。彼はわたくしたちのお母様の生家……ランセル男爵家の次男……つまりわたくしたちのいとこよ」


 ベルントは人懐っこい印象の赤髪の青年だ。長身のヴァルターよりもさらに背が高く、肩幅も広い。

 そして将来ヴァルターを支え将軍となる人でもある。

 アデリナの記憶によれば、今の時点での年齢は二十四歳のはずだった。

 彼も例にもれず、国王や王太子から疎まれている一族の者だ。


「兄もおりますので、お気軽にベルントとお呼びください、アデリナ殿」


 ベルントは歯を見せて笑ってから、彼の兄に視線を向けた。

 最後に、残る一人の人物――コルネリウス・ランセルが自己紹介をした。


「お初にお目にかかります、アデリナ殿。私はランセル男爵家の長男で、コルネリウスと申します。主に第二王子としてのヴァルター殿下の補佐をしております」


 コルネリウスは、弟のベルントと同じ赤髪の青年で、年齢は二十七歳。

 似ているのは髪や目の色だけで、雰囲気はまるで違う。

 長髪を括り、すっきりとしたフロックコートをまとう、少し神経質そうな印象の人だった。


(……コルネリウス様……三年ぶり、かしら?)


 武ではベルント、文ではコルネリウス。ヴァルターのいとこにあたる兄弟は、国王となった彼を支えた者たちだ。

 アデリナを含め、よく三人でヴァルターを諫めた同志でもあった。


 弟ベルントのほうは、ヴァルターと意見が食い違っても最終的には与えられた任務に忠実であった。

 時戻しの魔法が発動する直前まで、必死に城を守備していたはずだ。


 一方の兄のコルネリウスは、真面目さゆえにヴァルターと衝突する回数が多かった。

 アデリナよりもさらに強い言葉で、他国との協調を説き、最終的に聞き入れないヴァルターとは袂を分かつのだ。

 その後は政からは距離を取り、ランセル男爵領で暮らしていたが、周辺国が国境を侵してからの彼の消息をアデリナは知らない。


 彼がヴァルターのもとを去ったことは、国が瓦解する一つの要因となっていたかもしれない。


(……今度は、最後まで一緒にいてくださったらいいのだけれど)


 ほかにも下働きのメイドが数名、青の館専属の料理人、庭を管理する者などがいるらしい。彼らについては追々紹介してもらえるだろう。


 また、セラフィーナの護衛や館の警備はユーディットだけではなく、ヴァルターの部下で信頼できる者が担っているとのことだった。


 結局、ヴァルターとセラフィーナに仕える者たちは、皆なんらかの理由で権力者から疎まれている者ばかりだ。


 それが採用基準であるならば、セラフィーナがアデリナを不採用にしたかった理由も納得である。

 王命により強制的に第二王子ヴァルターの婚約者となったアデリナとクラルヴァイン伯爵家は、まだギリギリのところで採用基準を満たしていなかったのかもしれない。

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