3-5

「アデリナ様……セラフィーナ様に匹敵する容赦のなさですね……」


 審判役のユーディットが若干引いているが、アデリナは気にしない。二回戦の存在を後出ししてくるセラフィーナが悪いのだ。


 そろそろ本格的な魔力切れになりそうだが、それでもアデリナは不敵な笑みを浮かべ続けた。


「そこまでだ!」


 急に低い声が響く。

 慌てた様子で走ってくるのはヴァルターだった。


「ヴァルター様……どうして……」


「……ナ、が心配で」


 ボソリ、とつぶやいてから視線を逸らす。


(セラフィーナ様が心配でお仕事を抜け出してくるなんて、さすがね……)


 その後、妹のためにこの世のすべてを創り変えるほどの魔法を生み出してしまう危険人物であるヴァルターは、すでにその片鱗を見せはじめていた。とんでもない妹至上主義者だ。


「とりあえずセラフィーナを解放してくれないか?」


 妹を危険に晒すな、と言いたいのだ。


(私のほうが危険だったんですけど!)


 熱光線が自分の真横をかすめたのだ。普通の令嬢だったらそれだけで気絶していたはずだった。


「それならば先に勝敗を教えてくださいませんか? 私の勝ちですよね?」


「ああ、アデリナの勝ちでいい。だから早くしろ……顔色が悪い、そろそろ限界のはずだ」


「そうでしょうか? 計算上、まだ大丈夫だと思いますが」


「いいから!」


 閉じ込めた空間から考えて、セラフィーナが酸欠になるにはまだ早いはずだし、彼女は相変わらず壁の中で暴れているのだが、ヴァルターからすると顔色が悪いように見えるのだった。

 採用はセラフィーナに決定権があるので、文句を言える立場ではないが、理不尽な試験内容に振り回され、アデリナのほうがとっくに限界を迎えている。


 それなのに、喧嘩みたいな勝負をふっかけた側が気遣われている。

 回帰前もそうだったが、セラフィーナが絡むとアデリナはいつも惨めな気持ちになるのだった。


 障壁を消し去った途端、頭がクラクラとしはじめた。


(あぁ……やっぱり……魔力がないわ……)


 これは魔力切れの症状だ。

 直前まで魔法を使っていたことが信じられないほど、アデリナの中が空虚になっていく感覚だ。

 そしてひどい頭痛がした。


(嫌だわ。……魔力切れって、症状が重いと二日くらい倦怠感が続くから……)


 だんだんと視界がぼやけ、暗くなっていく。


「アデリナ? おい! 大丈夫か……」


「はい……ただの、魔力、切れ……」


 もう自分がまっすぐ立てているのかどうかすら、アデリナにはわからなかった。

 なんとなく、身体が横になり、けれども転んだ衝撃はない気がした。

 思考が鈍く、もうどうなってもいいという気分だった。


「……馬鹿か……」


 意識を失う寸前、悪口を言われたことだけはしっかりと覚えた。



   ◇ ◇ ◇



(……誰かの声がする……)


 最初に聴覚だけが戻ってきた。

 まだ考えることが億劫で、このまま眠ってしまいたいけれどそれすら願っても思いどおりにならない。

 身体が動かないのに、おそらく起きている状態――金縛りだ。


(額が温かい……誰かの魔力……セラフィーナ様?)


 彼女はたしか、怪我をしたら治療をしてくれると言っていた。

 有言実行でアデリナの魔力切れを緩和してくれているのだろうか。


 彼女のおかげで、気絶寸前から始まった頭痛が緩和されている。


「王族が伯爵令嬢に負けてどうする?」


 低い声はヴァルターのものだ。

 落ち着いた声がやたらと近くから発せられている気がした。


(起きろ……動いて……起きろ、私……)


 アデリナはどうにか身体が動かないものかと思い念じてみたが、なにも変化がない。


「あんな作戦で来るだなんて思わなかったのです! 手慣れているというか、なんというか。ですけれど、この子……魔力の総量が少ないわ。別のルールで戦っていたら私が……」


(そのルール……決めたのはセラフィーナ様ですよ……)


 声が出せないため、アデリナは心の中でツッコミを入れた。


「……それで、アデリナが落ちるまで試験を続けるのか?」


「勝ったら侍女にするって約束をしてしまったのよね。困ったわ……」


 さすがのセラフィーナも、はっきりと口にした宣言を撤回はしたくないみたいだ。

 けれど明らかに迷っているし、アデリナをそばに置きたくないという本音がよく伝わってくる。


「ハァ……愚かなことを」


「決まってしまったのだから仕方がないでしょう! 採用試験を受けさせたほうが、この子も納得すると思ったんですもの。……このまま状況が変わらなければ、結婚は避けられないかもしれないのよ。だったらお兄様が悪役になる必要はないわ」


「善良な者はそばに置きたくなかった。……じゃあいっそ、採用してからいびり倒してやめさせるか?」


 だんだんとアデリナの頭の中が混乱してくる。

 ヴァルターは、アデリナを自分たちの事情に巻き込みたくないと言っているのだ。

 半年後に起こるはずの悲劇を思えば、今の時点で危機意識を抱いていてしかるべきだった。


 そして、セラフィーナは兄を慮って未来の義家族をいびる小姑役をしているのだった。


「この子……自分を守れるだけの力は持っているみたい。わたくしも常にそばに置いて守るから」


 それは優しい言葉だった。


(セラフィーナ様……ただの嫌がらせ……ではなかったの……?)

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