3-4
「一回戦? に、二回戦もあるんですか!? 嘘ですよね?」
もう魔力切れ間近であるアデリナはさすがに焦って聞き返した。
「あ、あるのよ! わたくしがあると言えばあるの。わたくしがルールなの!」
間違いなく、今思いついたのだ。
試験の内容は一見無茶だが、意味があってのものだとアデリナは感じた。
要するに、セラフィーナが命を狙われたときに、自己防衛ができるかどうかを試したのだ。
本気の軍人相手に十五分間身を守ることができれば、そのあいだに応援が駆けつけてきてどうにかなるという想定だったのだろう。
だからこそ、二回目は必要なかったし、そこまでの実力を普通の令嬢に求めるのはさすがに要求が多すぎる。
「こ……ここ、ここまで勝ち上がってきた者は、あなたが初めてね。……このわたくしが直々に相手をしてさしあげるわ」
セラフィーナは慈悲深き女神ではなく、自分勝手なわがまま王女だった。
「聞いておりません!」
当然、アデリナは強く抗議する。
セラフィーナに仕えた者はこれまでもいたはずだ。全員に同じ試験をしたとは思えない。
明らかにアデリナを落とすために内容を変えたのだ。
「言っていないから当たり前ですわ。でもそんなことは関係ありません。……これは予想外の事態が発生した場合、どのように対応するのかを見定める試験なのです! ……さあ、始めるわよ」
本人が言ったように、ここでは彼女こそがルールなのだ。
セラフィーナについては光属性の魔法の使い手で、得意魔法は治癒だとわかっているが、戦闘能力に関する情報がない。
光属性時代のヴァルターは熱光線を放つ魔法を使っていたらしい。
らしい……というのは、アデリナ自身が彼が戦っているところを見ていないからだ。
ただ、光属性は治癒だけではなく、攻撃もできる魔法であることは事実だ。
もしセラフィーナが攻撃魔法を得意としていたら、二戦目のアデリナに勝ち目はない。
「ちょ……ちょっと待ってください! すみません、どなたか……なんでもいいから紙とペンを用意してくださいますか?」
アデリナは急いで作戦を考えた。
魔力が枯渇寸前であるため、ユーディットのときと同じ、受け身の闘い方はもうできない。
十五分間防御に徹するのではなく、いっそセラフィーナを戦闘不能にさせるしかないのだった。
(一つだけ、方法はあるけれど……)
その作戦に必要なものが紙とペンだった。
「紙……なにかしら? 闘いにそんなものはいらないでしょう?」
「闘いのあとに必要になるんです!」
「まあ、いいけれど……」
セラフィーナが目配せをすると、見守り役だったメイドが一度館に戻り紙とペンを持って帰ってきた。
アデリナはそれらを受け取り、乗馬服のポケットに適当にしまってから、大きく深呼吸をする。
「お待たせいたしました。二回戦……これが最終試験ということでよろしいでしょうか?」
「ええ、わたくしに勝てたら侍女にしてあげるわ」
審判役がユーディットに代わる。
憐れみの表情を浮かべながら大きく手を上げた。
「始め!」
言葉と同時に手を振り下ろす。
アデリナは先ほどと同じように障壁を築こうとしたのだが……。
その前に、キーンという音とまばゆい光が身体の左側をかすめていく。
遅れて熱風が襲いかかる。
目が慣れると、真横の雑草が丸焦げになっているのが見えた。
セラフィーナの手前から、アデリナの真横を通り後方まで、直線で黒焦げの線が描かれている。
(この王女様、無茶苦茶だ――っ!)
「次は、わざとはずすなんてことはしないわ! さっさと降参なさい」
セラフィーナが腰に手をあてて高笑いを始めてしまう。
牽制目的だとわかるが、半歩ずれていたら本当にアデリナが丸焦げになっていたはずだ。
二つ名とかけ離れた王女の行動は、アデリナの闘争心に火をつけた。
(暴力王女! 絶対に泣かせてやる……!)
アデリナは怯え、言葉を発せられないという演技をしながら秘かに障壁を作り上げた。
アデリナ自身ではなく、セラフィーナを取り囲むように。四方だけではなく、上部にも障壁を形成しそれをゆっくり落としていく。
「フフッ、情けない。これではわたくしの侍女なんて務まり――」
急に声が届かなくなる。
パクパクと口だけは動くが、なにを言いたいのかわからない。
空気すら通さない強固な壁に囲まれ音が遮断されたのだ。
「私の勝ちです、王女殿下。……って、聞こえていないんですよね……ごめんなさい……」
ニヤリと笑い、アデリナはさきほどもらった紙とペンを取り出した。
そのあいだもセラフィーナは壁をドンドンと叩き、どうにか壊そうとしている。
『魔法を放つと、たぶん反射します』
アデリナは閉じ込められたセラフィーナに近づき、走り書きを見せた。
セラフィーナの手の付近が一瞬輝いたが、すぐに収束していった。本当に反射するか試すことは恐ろしくてできないのだ。
実際、熱光線を反射するかどうか、実験なんてしたことがないので、アデリナにもわからない。
けれど狭い空間で熱を伴う魔法を使ったら、よくないことになりそうな予感はしている。
セラフィーナも感覚でそれを理解したのだろう。
『この防御壁、空気すら通さないんです。このまま放置したらどうなると思いますか?』
もちろん、酸欠だ。
魔力が残り少ないアデリナの活路はこれしかなかった。
動きまわる敵を囲むことはできないので、実戦向きではないのだが、魔法の使い手同士の戦いではかなり有効な手だった。
『王女殿下の光魔法が私の防御壁を打ち破るのが先か、酸欠になるのが先か……試してみましょうか』
『降伏するのなら手を上げてくださいね』
閉じ込められているセラフィーナが顔を真っ赤にして怒っている。暴れると酸素を消費してしまうのでアデリナにはありがたかった。
アデリナは、悔しがるセラフィーナの表情を眺め、清々しい心地になっていた。
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