3-3

「ユーディット、真面目にやりなさい!」


 セラフィーナから檄が飛ぶ。


(ユーディット様……あんな主人に仕えているとは思えないほど常識人なんだわ……かわいそうに)


 完全に人選ミスだ。

 一般人を傷つけることをためらうユーディットの攻撃を受けきるのはたやすい。

 けれどアデリナのほうも、自分の能力をセラフィーナに見せつける必要がある。

 ここは精神的には大人であるはずのアデリナがユーディットに合わせるべきだった。


「障壁を可視化しますから、遠慮なくどうぞ」


 そう宣言してから、アデリナは魔力を込めてやや光を反射させる障壁に造り変えた。

 壁の厚みも一般的な窓ガラスから屋敷の外壁くらいにしてみる。

 見た目を強固なものにすれば、ユーディットも闘いやすいはずだった。

 物質の時を止めて固定する魔法だから、固定する範囲が増すと魔力の消費が激しいのだが、仕方がない。


(残り……十分くらいなら持つはず……)


 回帰前に真面目な王妃だったアデリナは、魔法の修得も必死になってやってきた。

 けれど魔力の保有量は人並みで、戦闘向きではないことを自覚している。


「す……すごい! アデリナ様、ありがとうございます。これなら私も戦えます!」


 開始から五分経過し、ユーディットがようやく本気を出しはじめた。

 障壁が可視化されたために、壁を避ける動きで矢を放てば彼女の勝ちなのだが、さすがにそれはしなかった。


 いつの間にか二人のあいだでルールが変わり、ユーディットの全力が、アデリナの障壁を壊せるかどうかの勝負になっていく。


 ひたすら防御に徹するアデリナ。

 矢を放ち続けるユーディット。


 互いに一歩も動かないままだが、魔力の消費により二人とも息が上がっていた。


「……はぁ……はぁ……あと、二分……」


 王族の護衛を務めているだけあって、本来のユーディットはすばらしい戦士だった。

 油断すると、障壁にひびが入ってしまう。

 瞬時に修復を行うが、魔力の消費が思った以上に激しい。


 残り一分……。


 矢の威力はそのままで、放たれる間隔が短くなった。

 手前の壁が一つ破壊されたが、復活させる余力がもうない。

 アデリナは狭い範囲に強固な壁を再構築して、とにかくやりすごす方針だった。


「しゅ……終了!」


 セラフィーナの声が響く。

 アデリナはユーディットが構えをやめるのを見届けてから、すべての障壁を解除した。


「はぁ……はぁ……さすがに疲れました……」


「アデリナ様、大丈夫ですか?」


 ユーディットがすぐに駆け寄ってきて、アデリナの体調を気遣ってくれる。

 やはり真面目で優しい人だった。


「まぁ……防御だけならばそれなりにできるんですが、ルールがあるから負けなかっただけでしたね……」


 条件を満たしたアデリナは、試験の合否を聞きたくてセラフィーナのほうへ視線をやる。


「……いぃぃ……一回戦はあなたの勝ちよ!」


 セラフィーナの声が不自然に裏返る。

 それは無慈悲な宣告だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る