3-2
(この……性悪王女! 兄妹揃ってそのうちにギャフンと言わせてやるんだから)
アデリナは一度大きく息を吸い込んでからゆっくりと吐き出した。
そうやって心の中にあるモヤモヤをすべて追い出し、目の前にある紙の束と向き合う。
それから集中して問題を解いていくのだった。
「そこまでです」
予定時刻になり、メイドが試験の終了を告げた。
試験を受ける者が一人だけだったためなのか、その場で採点が行われる。
問題はセラフィーナが作ったものではなかったようで、回答を見ながら点数の計算がされていった。
「九割……正解……ね。語学は全問正解? ……これは……どういうことなの? 文官登用試験と同じ難易度なのよ! 普通の伯爵令嬢が解けるなんておかしいわ」
やはり、落とすことが前提の試験だったのだ。
「学問は得意なので」
アデリナは嫌味になるとわかっていて余裕の笑みを浮かべた。
「へ、へぇ。まぁ……わたくしの侍女になりたい者としての心構えとしては当然ね。でも、それだけではまだ足りませんわ」
入れ替わるようにしてセラフィーナからは余裕が失われていく。
採用するつもりのない者が高得点を叩き出し、動揺が隠せなくなっていた。
次は、楽器演奏などの趣味やたしなみについて、淑女としてのマナーについての試験だ。
セラフィーナ側がしつこく確認してきたのは、式典などの公式行事の際に王女がどんなドレスを選ぶべきか、どんなアクセサリーがタブーなのかなどのしきたりについてだった。
(元王妃の私に答えられないはずはないわ)
アデリナは全ての問いにサクサクと答え、セラフィーナに文句を言わせなかった。
「ま、まぁ……及第点と言っておきますわ……ね……。フフッ……フフフ……」
よほどアデリナを侍女にしたくないのだろう。
女神と名高いセラフィーナの美貌が台無しになるほど、不自然な笑い方だった。
◇ ◇ ◇
ついに最終試験まで辿り着く。
試験会場となるところは、回帰前に気まずいお茶会をした記憶しかない庭だった。
テーブルや椅子が置かれていた付近は片づけられていて、それなりに広い空間が広がっている。
「今から十五分間。わたくしの護衛を相手にして立っていられたら合格とします。死なない程度の魔法は使わせていただくから、自信がなかったら棄権しなさい。……間違いなく怪我をするでしょうから」
「いいえ、棄権なんていたしません……必ず勝ちます」
「あなたも強情ね。後悔しても知りませんわよ。……ユーディット、こちらへ!」
「はっ!」
名を呼ばれて敬礼をしたのは、セラフィーナのそばにずっとひかえていた女性軍人だ。
腰にはショートソード、手には弓という装備だった。
「ユーディット・バルベ中尉です。以後、お見知りおきください」
ユーディットは肩より少し上の位置で髪を切りそろえた凜とした雰囲気をまとう人だ。
回帰前も彼女はセラフィーナの護衛として近くにひかえていた。そのためアデリナも名前は知っている。
彼女の祖父は、ヴァルターの剣術指南役を務めていたバルベ将軍だ。
将軍は、幼少期の第二王子と第一王女の護衛役でもあった。真面目に職務をこなしたために、王太子派から疎まれることになった不幸な人でもある。
将軍はすでに引退していて、現在は孫のユーディットがヴァルターの部下になっているのだった。
部下ではあるものの、バルベ将軍に師事していた期間はヴァルターよりもユーディットのほうが長いため、
(この方も……半年後に……)
残念ながら回帰前に正式な挨拶をかわさなかったのは、その機会が来る前にユーディットが死亡するからである。
「アデリナ・クラルヴァインと申します。お手柔らかにお願いいたします」
「お手柔らか……にはできないかもしれません。セラフィーナ様からは、本気を出すようにと仰せつかっておりますので……頑張ってくださいね?」
ユーディットは困り顔で頬をポリポリと掻いた。
軍人ではないアデリナと戦うのは気が進まないが、主人の命令は絶対だ――といったところだろうか。
(ユーディット様の得意魔法は氷……のはず)
そのあたりは回帰前の記憶から情報だけは得ている。
ただし、あちらもアデリナの属性くらいは知っていると考えるべきだ。
十六歳まではあまり目立つ行動をしてこなかったアデリナだが、クラルヴァイン伯爵家が時属性の魔力を持った家系であるという事実は、一般的に知られている。
「では二人とも……準備はいいかしら。即死でなければわたくしが癒やしてさしあげるわ。わたくしの貴重な治癒魔法をその身で体験できることを光栄に思いなさい。では、始め!」
大怪我をすることが確定であるかのような不穏な発言と一緒に、闘いが始まった。
『障壁』
アデリナは心の中で唱え、自分の周囲に壁を築くイメージを練り上げる。
そのあいだにユーディットは弓を構えるポーズをした。弓は本物だが、矢は存在しない。
おそらくユーディットが魔法で矢を射るイメージを創り出すための材料として弓があるのだ。
やがて弓を引く手のあたりから鈍い光が発せられた。
まっすぐに伸びたその光は氷となり、完璧な矢のかたちとなるが、いつまでたってもユーディットが攻撃を始める気配がない。
「あ、あの……アデリナ様……」
「どうなさいましたか?」
「防御……できますか?」
主人の命令によりお手柔らかにできないと言っていた人間とは思えないほどの気遣いだ。
「はい! 時魔法の障壁を展開済みですので、構わず矢を放ってください。これでも護身術……というか防御魔法は得意なんです」
「障壁? 透明なんですが……本当に大丈夫ですか?」
きっと軍人でもない貴族の令嬢に攻撃魔法を放つ行為が、彼女の主義に反するのだ。
「壁がどこにあるのかをお教えしても得をしないので。本当に平気ですから、ドーンとやっちゃってください」
障壁の魔法を構築したり、壊したりするには、わずかではあるが時間がかかるし、かなり魔力を消費する。
例えば、対戦相手が弓使い一人であれば後方から攻撃を受ける可能性はないから、ひとまず正面や上部に障壁を展開し、不要な場所は退避ルートとして開けておくべきだ。
そうやって魔力の消費を抑えるのだ。
壁を全方向に築いているかいないか、どこにあるのかを教えるほうがいい場合、教えると不利になる場合がある。
魔力でできている矢は射手の力量次第では自然の法則を無視した動きをする。障壁を可視化してしまったら隙を突かれてしまうだろう。
「そ、そうですよね……い、行きますよ」
最初から戦意を喪失しているユーディットだが、それでもどうにか矢を放つ。けれど目視でも避けられるくらいの速さだった。
「ひぃぃ!」
情けない悲鳴は攻撃を仕掛けたほうから上がった。
氷でできていると思われる矢は、アデリナの手前一メートルの付近で見えない壁にぶち当たり粉々に砕けたのだが、やはり本当に障壁があるのかが不安だったのだろう。
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