2-4
(……どうせ、私になんて手を出さないくせに……)
アデリナはなんだかしらけてしまった。
ヴァルターは女性としてのアデリナに興味がなさそうだった。
夫婦生活はそれなりに長かったが、二人はいわゆる白い結婚だ。
不仲――というわけでもない。
警備上の理由で寝室は一緒で、隣で眠ることを許されていた。けれど公式行事で妃をエスコートする必要があるとき以外は、手を握ることすらなかった。
あくまで国王と王妃という関係だ。
(ヴァルター様に側室を薦めて怒られるし、臣からは子を授からないのなら身を退けなんて言われて……! どれだけつらい立場に追いやられたか)
とにかく、彼は安全というか――おそらくそういう欲望を失っている男性であるため、アデリナは身の危険を感じていない。
むしろ、できるものならやってみろと言いたいくらいだ。
「でしたら、ヴァルター様。ほかのご令嬢を採用されるおつもりですか? ……その方々と同じ館でお過ごしになるのはよろしいのですか?」
王女に仕える侍女は貴族の女性でなければならない。
年齢に規定はないかもしれないが、王女の話し相手ならば本人とそれなりに歳が近い女性を選ぶのが自然だ。
つまりそれは、ヴァルターとも歳が近いという意味になる。
「セラフィーナの侍女だ! 私は関係ない」
「では……私も関係ないでしょう」
アデリナはツン、とそっぽを向く。
「屁理屈を……」
「屁理屈ではありません。……それに、同じ館で生活をするのなら、他家の令嬢よりも婚約者である私のほうがマシではありませんか?」
言葉の応酬がそこで終わる。
アデリナは彼を言い負かすことができたのだろうか。
けれどしばらくの沈黙のあと……。
「そ……そんなに……。そんなに私と一緒にいたいのか? 他家の令嬢が……そばにいては嫌だと……?」
なぜかヴァルターがとんでもない勘違いをしはじめた。
「え?」
アデリナは思わず目を見開く。
父の前では、美しい婚約者ができて浮かれている小娘を演じれば丸く収まると言っていたのだが、いざ本人を目の前にして、そんな演技はできなかった。
(なんだか……腹が立つわ……)
こちらの苦労も知らないで、自意識過剰なヴァルターを眺めていると、だんだんとアデリナのいら立ちが募っていった。
「い、いいえ……違います」
「違う?」
彼に対する未練が残っていたとしても、浮かれてなんていない。侍女になりたいのは、ひたすらに自身とクラルヴァイン伯爵家を守るためだった。
アデリナは必死になって、「ヴァルターのそばにいたい」以外にもっともらしい理由を考える。
「わ……私、セラフィーナ様の大ファンなのです。ヴァルター様との婚約のおかげで縁ができたことを感謝申し上げます」
少し苦しいかもしれないと思いながらもアデリナは笑顔で言い切った。
するとヴァルターの視線がまた冷たいものに戻っていく。
「……セラフィーナの? そんな理由ならやはり許可できない。帰れ!」
アデリナはどうやら、妹主上主義者であるヴァルターの機嫌を損ねてしまったらしい。
彼はありとあらゆる部分に難癖をつけて、アデリナを排除するつもりなのだ。
「……採用試験すら受けておりませんわ。機会すらいただけないのは公平性に欠けます」
「妙に自信があるみたいだな。十六歳になったばかりの伯爵令嬢には難しいはずだが?」
「そうかもしれませんが」
どんな試験内容でも受かる自信があるアデリナだが、あえて「できる」とは言わなかった。
いっそ、どうせ試験を受けても採用基準に満たないだろうから……と、ヴァルターを油断させてみてはどうだろうかと考えたのだ。
(どんなふうに挑発したら、乗ってくるかしら?)
しばらく思考を巡らせていると、扉がノックされた。
「お兄様、よろしいかしら? セラフィーナですわ」
鍵となる人物――第一王女セラフィーナがやってきたのだった。
「入れ」
ヴァルターが許可を出すと、ゆっくりと扉が開いた。
輝く銀の髪に薄ピンクの唇、透き通る白い肌をした美女――セラフィーナは今日も美しかった。
(セラフィーナ様……)
彼女と会話をしたのはほんの数回。
初めは、回帰前の今日。それ以降は公の場で何度か挨拶を交わす程度の関係だった。
(……私がなんとしても守らなければならない人……)
いつもヴァルターの隣でほほえんで――かつてのアデリナは、この兄妹が特別に輝いて見えていた。もちろん今でもそうだ。
「わたくしの侍女になりたいと望んでいる子がいらしたのでしょう? どうして、わたくしに秘密にするのかしら? ……ご挨拶くらいはさせてください。義理の家族となる方でもありますし」
笑顔がいっそう美しいセラフィーナが、アデリナのほうへ視線を向けた。
アデリナはサッと立ち上がり、淑女の礼をする。
「アデリナ・クラルヴァインと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
「セラフィーナよ。これからよろしくね? さっそくだけれど、クラルヴァイン伯爵令嬢はわたくしに仕えるつもりがあるということで間違いないのかしら?」
「はい」
「だったらさっそく試験をしましょう! 日程はいつがいいかしら?」
助け船は意外なところから出された。
試験さえ受けてしまえば、きっとヴァルターもアデリナを排除できなくなるはずだった。
「おい、勝手に……」
「勝手はどちら? ……侍女はわたくしが決めるわ。お兄様のほうこそわたくしに無断で断らないでくださいませ」
アデリナが望み、セラフィーナが認めるのなら、ヴァルターが試験の邪魔をすることはさすがにできなかった。
「それでは三日後にいたしましょうか? 護身術がどの程度できるかも確認させていただきますから、動きやすい服装でいらしてね」
「はい! 私、頑張ります」
ヴァルターは最後まで苦虫をかみつぶしたような顔をしていたが、ひとまずアデリナの勝利だった。
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