2-3

 両親からどうにか許しを得たアデリナは、クラルヴァイン伯爵家として正規の手順を踏んで王家への申し込みを行った。

 近日中に、採用試験についての日程が知らされるはずだと思っていたのだが、その前にヴァルターからの呼び出しを受けて青の館を訪れることになった。


 図らずも、回帰前に初めて出向いたときと同じ日だ。


 プレゼントをもらったときの礼儀でもあるから、この日のアデリナは真珠のネックレスを身につけた。


(本当に……私のもの……でいいのよね?)


 回帰前にセラフィーナの首元を飾っていたものが自分のものになっているのは、やはり妙な感覚だった。


(試験は免除でいいからすぐにでも出仕してほしいって言われるのかしら?)


 なり手がいないという噂だから、そうなるべきだとアデリナは思った。


 回帰前と同じ手順で青の館へと向かう。

 今回は、庭ではなく、館内のサロンに通される。


(青の館……城の中で、ここだけはあまり立ち入ったことがないのよね)


 アデリナが婚約中に青の館を訪れたのは一度きりで、その日は庭先にお茶の席が用意されていたため建物内には入っていない。

 セラフィーナの死後、王太子と対立することが確定となったヴァルターは、以降一度もこの館にアデリナを招くことはなく、まもなく彼自身が城を離れることになる。

 内戦中の拠点は、ヴァルターの首領に移るのだ。


 そして、国王と王太子を討ち、王位に就いたヴァルターはオストヴァルト城へ戻る。

 その後は青の館を基本的に立ち入り禁止にするのだった。

 きっと、大切な思い出と悲しい記憶が眠っている館を、できるかぎり人目に触れさせたくなかったのだ。

 何度か修繕の指示をするために立ち入ったことはあるが、人の居ない館は静かで、とにかく寂しい場所だった。


 きちんと人が暮らしている青の館に入るのは、これが初めてだ。


「アデリナ・クラルヴァイン……参りました」


「ああ、とりあえず座れ」


 今日もヴァルターは無愛想で不機嫌そうだ。嫌というほど慣れてしまっている今のアデリナは、まったく傷つかなくなっていた。


(でも……以前の私は毎回戸惑って、なにか悪いことをしてしまったかもしれないなんて落ち込んだっけ……)


 過去の自分自身を憐れに思いながら、アデリナは席につく。


「失礼いたします」


 今回、セラフィーナは同席しないらしい。

 アデリナが侍女の募集に応募した件は当然知っているだろうから、顔合わせをしてもいいはずなので、少し意外だった。


 年嵩のメイドがお茶を運んできて、セットが終わるとすぐに立ち去る。

 静かに扉が閉まったところで、ヴァルターが一際鋭い視線を向けてきた。


「……お加減でも悪いのですか、ヴァルター様」


 半分嫌味のつもりで、アデリナはそんな質問をぶつけた。

 なにもしていない――むしろ、こんなにも無愛想な王子に歩み寄る素晴らしい婚約者アデリナをにらんでいいはずはないのだ。


「違う! いったい、なにを考えているんだ? ……出仕の件は取り下げておくからな」


(なんですって!?)


 それは予想外の反応だった。

 ただでさえなり手がいないうえに、ヴァルターは妹の近くに侍る者に対して厳しい基準を設けているという。


 クラルヴァイン伯爵家が無害な家門だとわかっているはずだ。

 泣いてありがたがるべきであり、勝手に取り下げるなんてあり得ない。


「取り下げなければならない理由はございますか?」


 アデリナは内心ムッとしながらも、どうにか取り繕って涼しい笑みを浮かべた。


「大ありだ。アデリナが侍女になるだなんて……許可できない」


「ヴァルター様、貴族の家に生まれた未婚の娘が行儀見習いとして城勤めをするのは、ごく一般的なことです。私たちが結婚するのは当分先なのでしょう? それなら、問題ないどころか、利点しかありませんわ」


 貴族の令嬢にとって、行儀見習いは素敵な結婚相手を探す機会となっている。

 婚約者のいるアデリナにとっても、女性の王族との縁を作ることは重要だ。

 もちろんセラフィーナが城内で弱い立場にあると承知しているが、一般論として、アデリナの行動はおかしくない。


「人の忠告をちゃんと聞け。必要以上に私に関わってどうする? 十日で忘れる記憶力なのか? それなら余計にセラフィーナに仕えるなんて無理だ」


 要するに彼は、馬鹿はお断りだと言いたいのだ。


「もちろん覚えております。ですが伯爵家として必要範囲内だと判断したために応募したまでです」


「……必要ない」


「ヴァルター様になくても、私と伯爵家にはございます。それに私はセラフィーナ様にお仕えしたいのであって、ヴァルター様に関わるつもりはございません」


 二人とも譲らず、だんだんと前のめりになっていく。


(若返って少しは可愛げがある青年になったかと思ったけれど、甘かったわ)


 ヴァルターは、やはり婚約者に対しどこまでも冷淡だ。

 必要以上に関わらせたくないという部分は彼の優しさかもしれない。けれど、そうやって伯爵家とアデリナが常に受け身でいても破滅が待っているだけだった。


 婚約者になった時点で、アデリナたちはすでに政争に巻き込まれている。

 中途半端に遠ざけても無意味で、未熟な彼はそれをわかっていないのだ。


「同じ館で暮らしているんだ。私の立場がどうとか、そういうことを除いても、婚前に……こんな……」


 今度は、セラフィーナの侍女になればアデリナとヴァルターが一つ屋根の下で暮らすことを問題視しはじめた。

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