彼女たちの回想②
ラウンジにやっと落ち着いた雰囲気が漂う。するとセシリアは何か思い出したようにハッとし、頭をぶんぶんと振った。
「それでね!」
彼女は突然声を上げ、その勢いで腰を浮かすと、ルシルの方にぐっと顔を寄せた。
「マギーがベイカーさんにこだわるのは、この前の試合のことが関係してるんじゃないかと思うの!」
ルシルはやや気圧されるように身を引きつつ、反射的に「エドガーとの?」と尋ねた。
「うん、あのとき、ベイカーさん、ミードさんのために頑張っていたでしょ? ――たぶん、それを見て、マギー、自分を重ねたんだと思うの」
「そ、そうなのかな?」
ルシルは戸惑いながら答える。だが、セシリアは強い口調で断言した。
「絶対、そうだよ!」
その声にはこれまで以上の力が込められていたが、ルシルはまだ半信半疑だった。マーガレットの自分に対する態度が、そんな深い意味を持つとは思えなかったし、自分の試合が誰かに影響を与えるほど大きなものだったとは、今でも思えなかった。
しかし、セシリアはふと、低く真剣な響きを帯びた声でつぶやいた。
「きっとそうなの。……私もそうだから」
「え?」
ルシルは驚き、改めてセシリアを見つめた。彼女の瞳には真剣さが宿っており、その眼差しには一切のためらいが感じられなかった。ルシルはしばらくその瞳を見つめ続けたが、彼女は我に返ったのか、恥ずかしそうに視線を逸らし、ソファに静かに腰を落とした。そして、静かな声で語り始めた。
「私もね、ずっとマギーを守ってあげたいと思っていたの。……守られてばかりだったから」
セシリアの言葉は、まるで長い間押し込めていた感情が溢れ出すようだった。
「だから、この学校から案内が来たとき、本当に嬉しかったの。私も、誰かを守る力を手に入れられるかもしれないって……マギーを守れるかもって」
セシリアの声は次第に小さくなり、ついには消え入るように静まり返った。その瞬間、ラウンジ全体がその静けさに包まれた。それに気づいたのか、彼女は恥ずかしそうに微笑み、視線を落とした。
「ご、ごめんね、今日の私、少し話しすぎちゃっている……」
「――ふふ、全然いいよ。私も二人のことを知れて嬉しかった」
ルシルは穏やかに応じ、セシリアも「ありがとう」と小さな声で返した。その瞬間、彼女の顔がさらに赤く染まり、ルシルもつられて微笑んだ。彼女の純粋な気持ちに触れると、自分の心も温かくなっていくのがわかった。
――もし妹がいたら、こんな感じなのかな。
そんな場違いな思いを抱いていると、彼女が「それとね」と恥ずかしそうに口を開く。
「私も、ベイカーさんのこと、ルーシーって呼んでもいいかな? ……ミードさんみたいに」
後半はほとんど消え入るような声だったが、ルシルにはしっかりとその言葉が届いた。
「もちろん。じゃあ、私も、シスって呼んでもいい?」
「――うん!」
ルシルの言葉に、セシリアの顔がぱっと明るくなり、彼女は嬉しそうに大きく頷いた。その笑顔には、子供のような無邪気な喜びがあふれていた。ルシルは、その笑顔に、もう一人の友人の姿を重ねずにはいられなかった。
その瞬間、ラウンジの静けさを破るように、低い声が背後から響いた。
「シスー、迎えに来たぞ」
驚いて振り返ったルシルの目に飛び込んできたのは、噂のマーガレットだった。彼女は半袖の肌着に短パンというラフな部屋着姿で、短い黒髪は濡れているのか艶やかに光り、明かりに照らされて赤みを帯びて見える。
そのやけにタイミングの良い登場に、ルシルは少し驚きを覚えるが、セシリアの方がさらに驚いた様子で彼女を見つめていた。
「マギー、寝てたんじゃ……」
「なんだか嫌な予感がしたんだよ。そんなことより、そろそろ戻らないと見回りのアグネスが来ちまうぞ」
マーガレットは少し眉をひそめ、気遣うように言った。その言葉に、セシリアは戸惑いながらも、小さくうなずいた。
「わかった。今戻るね」
セシリアは一瞬ルシルに目配せし、そっと微笑むと立ち上がり、マーガレットのもとへ向かった。そのすれ違いざま、彼女は座ったままのルシルの耳元で、小さな声で囁いた。
「……今日は話せてよかった」
「私もね」
二人は再び笑みを交わし、セシリアはマーガレットと共にラウンジを立ち去った。その間、マーガレットはルシルに一度も声をかけなかったが、その背中からは無言の警戒心と、どこか隠された優しさが感じられた。セシリアの話の影響だろうか。そう思いながらも、ルシルは彼女たちの姿が消えるまで、じっとその後ろ姿を見守っていた。
彼女たちの影が完全に見えなくなると、ルシルは再びソファに身を沈め、窓の外を眺めた。晩夏の夜空は澄み渡り、星々がまるで小さな灯火のように瞬いている。そんな静かな景色を眺めながら、心の中に安堵と新たな友情の予感が広がり、ルシルは自然と微笑んだ。
――なんだか、これから良いことがありそう。
そんな思いが胸に広がり、余韻に浸っていると、再び背後から声が響いた。今度は鋭い声だ。
「――こんな時間に何しているのですか、ミス・ベイカー」
恐る恐る振り返ると、そこには見回りのアグネス・フェアバーンが、眼鏡の奥から鋭い視線を投げかけていた。
「えっと……すみません。すぐ戻ります」
ルシルは素直に謝罪し、静かに立ち上がって部屋へ戻る準備をした。その間もアグネスの視線が冷たく感じたものの、ルシルの心はどこか穏やかだった。そして、彼女もまたラウンジを立ち去った。
誰もいなくなったラウンジは再び静けさを取り戻し、夜はゆっくりと更けていった。
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