アンナとギルバート

 カーラと別れ、ルシルは教室へ急いだ。廊下には、すでに帰るであろう生徒がちらほら見られ、アンナとハナコを残して出てきてしまったことに、今更ながら申し訳なさを感じる。まずは謝らないとね。そう思いながら教室の扉の前に立ち、ゆっくりと扉を開ける。

 しかし、そこには混沌が広がっていた。

 睨み合うアンナとギルバート、おろおろと慌てふためくハナコ、それらを静観するアラン。

 教室に残る生徒は彼ら以外にもいるはずなのだが、当の本人たちに気にする様子はなく、睨み合う二人から怒号が教室中に響く。


「確かに、さっきのは俺が悪かったかもしれないけどよ。それについては今、散々謝っているじゃねえかよ!」

「それのどこが謝ってる人の態度なの! 全然、誠意が伝わってこないわよ!」


 アンナとギルバートは今にも掴み合いそうな勢いだった。主にアンナが。


 二人を止めないと。ルシルは急いで教室に足を踏み入れる。アンナはすぐにルシルに気づいたようで、「ルーシー!」と駆け寄ってきた。その後を追うようにハナコも一緒だ。


「どこに行ってたの。心配したよ!」

「ごめん、先生に少し聞いておきたいことがあってね。――ところで何かあったの?」


 アンナはさっきまでのやり取りを思い出したように声を上げる。


「そうだった。聞いてよ。あの野蛮人がひどいの!」

「誰が野蛮人だ!」


 アンナの後方からギルバートが口をはさむ。

 これではらちが明かないと思い、ルシルはハナコを見る。その表情はなんとか笑顔を保っていたが、この数分で少しやつれたように見える。


「ルーシーさんが帰るまでに軽く自己紹介をしようとなったのですが……」

「その前に、あたしに言うことがあるんじゃないのって言ってやったの」


 アンナが途中から説明を引き継ぐ。


「だから謝っただろ」


 ギルバートが呆れたように頭を掻きながら近くまで寄ってきた。


「あんなへらへらした謝罪なんて認められるわけないでしょ!」


 アンナの気迫に気圧されたのか、それとも自覚があるのか、ギルバートは少したじろぐ。あの癖のような笑い方も、今は持ち上げた頬がぴくぴくと引き攣って見える。


「――そもそも、俺はそんなに責められることをしたのか? そんなリンゴみたいな頭をした奴が突然、目の前に現れたら誰だって驚くだろ」


 これは良くない。ルシルは恐る恐るアンナの顔を覗く。案外、澄まして顔で流すのではないか。呆れて、かえって冷静になるのではないか。そんなルシルの楽観的な思考を裏切るように、アンナの顔はまさにリンゴのように赤くなっていた。


「あんたには言われたくないわ! 何よその頭。朝ちゃんと鏡を見たの? 所々跳ねさせちゃって、みっともなくて見てられないわ!」

「これはそういう髪型だ!」


 ギルバートの顔からも笑みは消え、その頬に若干の赤みが帯びる。これでは先ほどの繰り返しになってしまう。そう思いルシルが仲裁に入ろうとしたところで、静観を保っていたアランが口を開く。


「喧嘩を続けるにしても、改めて自己紹介するにしても、まずは場所を変えた方がいいかもな」


 その低く通る声に、二人はハッと我に返る。そして、幾分か冷静さを取り戻したようで、今自分たちがいる場所へと思い至った。ここは教室であり、残っている生徒はルシルたちだけではない。全員が前方で騒いでいるルシルたちを見ているのだ。ある者は迷惑そうに、ある者は面白おかしそうに。


「そう、だな」

「そう、ね」


 一時休戦と言うように二人は互いに顔を背ける。その様子に、ルシルが安堵の息を漏らすと、ハナコもどうやら同じようで、お互いに目を合わせ小さく笑った。


「ですが、どこへ向かえばよいでしょうか」

「うーん。どうしようかな」


 ルシルもこの学園に来たばかりで何も分らなかった。話し合いや休み時間、放課後はどこで過ごせばいいのか。すぐには思い付かない。

 ルシルが唸っていると、またしてもアランが声をかける。


「食堂か、談話室か、――騒がないなら図書室でもいいな。とにかく、すぐにでも今はここを離れよう」

「図書室! あたし行ってみたい!」


 むっとしていたアンナが突然、元気になって小さく飛び跳ねる。どうやら決まりのようだ。

 ルシルたちは教室から、そしてクラスメイトの視線から逃げるように、廊下へと飛び出した。

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