赤髪の禍
入学式という名のガイダンスは、その後も問題なく進んでいった。ソフィア校長先生に続き、他の教員たちも次々と登壇していったが、先ほどの感動を上回るものはなった。
ソフィアの力強い言葉が頭に残りながらも、ルシルは次第に他の話に注意が散漫になっていく自分に気が付く。周りを見渡すと、どうやら他の新入生たちも同じようで、少し疲れた表情をしている子も多かった。
自然とルシルの視線はアンナの方へと向いていた。
今、アンナは何を考えているのだろう。自分は彼女になんと声を掛けるべきなのだろう。
そんなことをぐるぐる考えていると、いつの間にか会場は拍手に包まれていた。ガイダンスが終わったのだ。それに気が付き、慌ててルシルはその拍手に加わった。
ルシルを含めた三人は足早に寮へと引き返した。校舎を抜け、寮のドアを開けると、ほっとした空気が三人を包んでくれた。
寮室のドアがバタンと大きな音を立てて閉まる。一瞬の沈黙の末、アンナが口を開く。
「なんだかすごかったね」
「……そうですね。私、本当に魔法学校に来たんだなって実感しました」
「私も同じこと思った」
三人は互いに感想を共有し、安堵の微笑みを交わしたが、部屋の雰囲気にはまだ何か違和感が漂っており、依然として重たいままだ。そんな中を一歩、アンナが部屋の奥へ歩みを進める。
そんな彼女にルシルは声をかけようとするが、アンナが先んじて話し始める。
「二人とも、クラスどうだった? あたしはEクラスだったよ」
「――私もEクラスだったよ」
「私も同じです。Eクラスでした」
「そっか、みんな一緒なんて、やっぱりあたしたちって運命共同体なのかも」
こちらに振り向くアンナの赤髪は、窓から差し込む光に照らされ、燃えるように輝いて見える。しかし、それとは対照的に、その表情には影が落ちているように見えた。
それを見てルシルは我慢できなかった。
「……アン、何か話したくないことがあるなら、無理に話さなくてもいいよ」
そう前置きをして本題に入る。
「だけど、話したいことがあるなら何でも話してほしい」
アンナは黙ったまま、こちらを見つめ返す。そのブラウンの瞳は、かすかに揺れていた。そして小さく息を吐くと、躊躇いがちに話し始める。
「あんなに見られてたら、さすがに気付いちゃうよね。……私の髪色が普通じゃないってこと」
「……アンさん」
ハナコが心配そうに声をかける。
「いや、いつかは気付かれちゃうって分かっていたし、どこかで言わなきゃいけないとは思ってたの。……けど上手く説明できないんだよね」
アンナはしばらく言葉を探すようにしていたが、やがて決心したように話し始めた。
「二人は『赤髪には禍が宿る』って言い伝えを聞いたことない?」
「聞いたことないよ、そんな話」
「………」
初めて聞く話にルシルは素直に答えるが、ハナコは返事をしなかった。
「『赤髪には禍が宿る 故郷を失いたくなければ近づくことなかれ』っていうのが全文なのかな。あたしも詳しいことはよく知らないけど、三百年前、魔法使いが大陸を追われた理由に関係するらしいの。赤髪が人々の不安を煽っただとか、人々を惑わせてたとか、色々言われていたみたい。――それが仮に事実だったとしても、そんな昔の話、今のあたしには何の関係もないのにね」
ルシルは何かを言おうとするが、言葉に詰まる。それでもなんとか言葉を紡ごうと口を開けかけるが、「でもね!」とやはりアンナの言葉が先に出る。
「昨日も言ったでしょ。あたしは自分の髪色が好き。――昔、先生が言ってくれたんだ。あたしの赤髪は、燃える大地の色、生命力の色なんだって。きっとあたしはすごい魔法使いになれるって」
アンナの声には力強さがあり、その言葉は滞ることなく次々と溢れ出てきた。
「それにさ、きっと人と違うってそんなに悪いことじゃないよね。だって、こんなに綺麗な色なんだもん。どんな遠くからでも、簡単にあたしを見つけることができるんだよ。それってすごい長所でしょ」
アンナはこちらに笑いかける。その赤髪はより一層輝いて見え、その顔にはもはや影など見当たらない。
「あたしは自分も、自分の髪も、全く恥ずかしいと思ってないよ。これがあたしだもん。――それが今の自分の本心だよ」
いや、彼女の顔には、最初から影などなかったのかもしれない、とルシルは思った。アンナは既に自分を受け入れ、前に進んでいるのだ。勝手に彼女に同情し、悲観していたのは自分だったのだ。
ルシルは自分の思い違いに気付き、安っぽい慰めの言葉ではなく、心からの言葉を口にした。
「――うん、本当に綺麗。秋の夕焼けみたい」
「えへへ、ありがと。ルーシーって意外とロマンティストなのね」
「……もう、からかわないでよ」
ルシルの照れた反応に、アンナはさらに笑い出す。
ルシルはこのとき、胸の内で一つの決意を固めた。これからも前にアンナの隣で、一緒に歩いて行こうという。それが彼女に自分ができる最大の行為なのだ。
すると後方から、誰かのすすり泣くような声が聞こえた。ルシルとアンナの視線がそちらへと向けられる。
「もー、ハナ。なんで泣いてるのよー」
「うう……分かりません」
ハナコは涙を拭いながら、困惑した表情で答える。その姿にアンナはゆっくり歩み寄り、優しく手を差し伸べる。
「もう泣かないでよ」
「うう……」
ハナコを慰めるアンナの姿は、子供を慰める母親のようだった。
ルシルはその光景を見ながら、ふと考えた。ここは、もといた世界となんら変わらないのではないか。排斥する者とされる者は必ず存在する。排斥された過去を持つ彼ら、魔法使いでさえ、たどり着いた先でさらなる排斥を生むのだ。魔法の才に恵まれたというだけで、彼らも本質的には未知を恐れる普通の人々と変わらないのかもしれない。
それに立ち向かうためには、アンナのように強くならなくてはならないのだ。自分の存在を受け入れ、自分自身を信じて前に進む強さ。それがこれからの生活で何よりも重要なのだ。
「えーと、なんていうか、改めて、これからよろしくね」
やっとハナコが泣き止んだかと思うと、アンナが照れたように言う。
「もちろん。こちらこそよろしく、アン」
「私も! よろしくお願いします!」
「――うん!」
ハナコも涙を拭い、微笑みを返した。
その時、外から予鈴の音が響いてきた。重く低い音が寮室に反響する。新入生は午後から、クラス教室でホームルームの予定だ。
「ほら、二人とも、次はホームルームだよ。移動しなきゃ」
「「はーい」」
アンナは教師のような、そして母親のような口調だった。ルシルは勝手に記憶にない自分の母のことを思い、返事をしながら、なんだか笑ってしまった。
三人はローブを脱ぎ、指定されたEクラスの教室へと向かう。その道中、周りからの視線は未だに感じるのだが、先ほどよりも強くはないように思える。これが気持ちの変化なのか。ルシルはその変化に不思議な感覚を覚えた。
ぐぅー。
不意に、間抜けな音がお腹から聞こえてきた。そういえばご飯、また食べ損ねたな。そんなことを思う余裕すら、いつの間にか出てきていた。
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