アンナの魔法講義② ー五つの名家ー
アンナ先生による即席魔法講義が終わり、ルシルとハナコは荷物の整理に取り掛かった。そこで誰がどこのベッドを使うか話し合った結果、ルシルがシングルベッド、ハナコが二段ベッドの一段目、アンナが二段目を使うこととなった。
「本当に、私がこのベッド使っていいの?」
「いいんだって。あたし、二段ベッドのほうが、共同生活感があっていいんだー」
「私もそうです」
「――そっか。じゃあ、ありがたく使わせてもらうね」
二人の好意に感謝しつつ、ルシルはベッドにトランクケースを広げる。ローブや制服、替えの着替えなど、必需品を取り出し整理していく。すると、その底にあの古びた絵本の表紙が見えた。ルシルが自宅から持ち出した数少ない私物の一つだ。それを手に取ると、ルシルは改めて表紙を眺める。
「わー、懐かしい! 子どもの頃、よくお母さんに読んでもらったよ」
その声にルシルが振り返ると、先ほどまでハナコの荷解きを手伝っていたアンナが、こちらを覗き込んでいた。
「この絵本、有名なやつなの?」
「それはそうよ。この島の子供は、みんなこの本を読んで大きくなるんだから」
「……ハナも読んだことある?」
ハナコは荷物を広げながら、ルシルに向けて眉を下げて微笑む。
「私もお友達とよく隠れて読んでいました」
「そうなんだ」
ルシルは、改めてこの島が自分の故郷であることを実感し、絵本の表紙をゆっくりと撫でる。
そんな時、アンナの陶然としたような声が聞こえてきた。
「あの頃は、まさか自分がこの学校に入学できるなんて想像してなかったなー」
「ん? どういう意味?」
アンナは一瞬何を言われたのか分からないような表情を見せたが、すぐに何かを理解したかのようにニヤリと笑う。
「ルーシーはこの絵本のこと、どれくらい知ってる?」
「え、ネブラディアの成り立ちについて書かれている、よね?」
アンナはさらに口角を上げる。
「じゃあ、この絵本の表紙に描かれている五人の魔法使いについては?」
五人の魔法使いとは、おそらく絵本の表紙に描かれた人物たちのことだろう。だがルシルは彼らについてほとんど何も知らなかった。絵本の中では、特に言及されなかったからだ。
「えっと……何も知りません」
ルシルは素直に白状する。
その反応に満足すると、アンナは椅子に座り直して、ルシルへと向き直る。どうやらアンナ先生による第二回目の講義が始まるようだ。ルシルもベッドに改めて腰を落とし、姿勢を正す。
「この表紙に描かれてる五人は、この島、ネブラディアの成立に貢献した五つの魔法使いの家系を表しているの。創世の五大家——魔法使いたちをまとめ上げた『統率のゼイフリート家』、大地を生み出した『創造のローゼンタール家』、秩序を整備した『調和のゴールドスミス家』、島に命を吹き込んだ『生命のブランドン家』、世界から魔法に関する記憶を消し去った『忘却のブランケンシップ家』という感じにね」
ふとなぜだか聞き覚えのある名前が聞こえたような気がした。だが、それをルシルが思い出す前に、アンナは「それでね」と話を続ける。
「この五つの家は、ネブラディアの各地に分散し、それぞれがその地で教育機関を設立したの。それで、この学校もその一つ。——ブランドン家によって設立されたローワンベリー魔法学校なの!」
アンナは手を合わせ、祈るような仕草で天井を仰ぎ見る。ルシルはその勢いにただ頷くしかできなかった。
「明確な入学基準が公開されていなくて、入学案内が突然届くのよ。ほら、試験とかなかったじゃない?」
「そう、だったね」
ルシルが曖昧に返事をする。
「そうなの! そんな由緒ある学校に入学できるなんて、とても光栄なことなのよ!」
「そう、だね」
「そうなの! そうなの! それにね、ブランドン家は代々不死鳥を従える魔法を――」
アンナの勢いはますます増していき、ルシルは終始圧倒されていた。そんな様子を見ていたハナコはついに笑い声を漏らしてしまう。見ると、どうやらハナコは荷解きを終えたようだ。
「ふふ、アンさんはすっかり先生ですね」
「えへへ、そうかなー」
アンナがフフッと笑い、見えない眼鏡を持ち上げるような仕草をする。
「他にも聞きたいことがあったら、遠慮なく聞いて。――あたしは二人の先生なんだから!」
「ふふ、アンさんは本当に頼もしいですね」
「確かにね。それじゃあ、お言葉に甘えて色々聞かせてもらうね」
その後、ルシルは自分の知らないことを気軽に尋ねることにした。そのうちの一つが、この島の学校制度についてだった。
どうやらこの島の学校制度は、大陸のそれとは異なり、初等、中等、高等教育がそれぞれ四年で構成され、その後、大学へと続いていく。また、初等、中等教育期間中は、主に一般教養科目が中心で、魔法に関しては、日常生活で用いられる基本的な技術を学ぶ程度に留まる。
魔法使いの島だからと言っても、誰もが魔法に関する職に就くわけではなく、それ志望する者に限り魔法学校へ入学するようだ。
しかし、このローワンベリー魔法学校のように、中等部と高等部が設けられている魔法学校では、中等部から魔法の学習機会が豊富に与えられる。それにより、高等部から入学するルシル達は、教育の進度や提供される授業内容が一部、異なることがある。この違いを象徴するのが、ネクタイのデザインだ。ネクタイの色は学年ごとに異なるのだが、さらに内部生と外部生では、チェック柄の有無で区別されているそうだ。
ルシルは説明を聞きながら、エレノアが自分のネクタイを指差した理由に思い至った。
「――だからね、ルーシー。今まで魔法に触れたことがなくても、全然大丈夫だよ! これからしっかり勉強していけば何とかなる! 分からないこととか、困ったことがあれば、私に頼ってくれてもいいしね」
「そっか。ありがとう、アン。なんだか安心した」
ルシルはそっと胸をなでおろした。アンナにそう言われると、不思議と本当にそのような気がしてくる。そしてふと、もう一つ聞いておきたいことが思い浮かんだ。
「そういえば話は変わるんだけど、八年前に何か大きな事件とかあったりした?」
ルシルは、父があの夜話していた魔法使い同士の争いについて知っておきたかった。
「八年前ってことは、私たちが六歳ごろの話? うーん、どうだったかな」
「……何もなかったなら別にいいんだけど」
アンナは記憶を探るように、目を細めて考え込む。その様子に、ルシルは少し不安が募った。
「いや、そういえばあったかも。……スミュルナ魔法学校が廃校になったのが、確かそれくらいの時期だった気がする。当時のことをはっきり覚えるわけじゃないから、正確かは分からないけど」
「スミュルナ魔法学校?」
「さっき話した学校の一つ、ウォーランドにあったローゼンタール家の魔法学校だよ」
ルシルは首を傾げるルシルに、アンナが説明する。
「……それって、どうして廃校になったとか分かる?」
「うーん、その少し前から財政難だったらしいよ。それで校長先生が雲隠れしたって話だった気がする。……それがどうかしたの?」
「……いや、なんでもないよ」
「そう?」
ルシルは少し落胆し、同時に安堵した。母がその話と関係ないことがわかったが、同時に母につながる手がかりもないのだ。
アンナは不思議そうな顔を浮かべるが、それ以上追及はしてこない。それがルシルにはありがたかった。
それにしても結局、父が話していた争いとは何だったのだろうか。
そう悩むルシルをよそに、ハナコが新たに手を挙げる。
「私からも質問いいですか?」
「もちろん、どんどん聞いて!」
「ええっと、あのですね——」
そうしてルシルとハナコが交互に質問をしていく。
アンナが質問に答えていく中、外の世界は徐々に暗闇に包まれていった。夜の静けさが部屋を包む中、ルシルとハナコは、アンナの話に耳を傾けた。
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