アンナの魔法講義① ー風の魔法ー

 自己紹介も一通り終わり、ルシルが一息つくと、ハナコが「それにしても」と新たな話題を切り出した。


「アンさんの髪色、本当に綺麗ですね」

「え! ほんとに⁈」


 アンナは驚きと喜びが入り混じった表情で声を上げた。その反応が可愛らしく、ルシルはつい微笑んでしまう。ハナコも同じようで、上品に笑い声を漏らす。


「ふふ、ええ本当です」

「そ、うかな、結構変わった色だし、?」


 アンナは恥ずかしくなったのか、我に返ったように顔を伏せる。

 嫌? 変の間違いだろうか。ルシルはすぐにそれを否定する。


「全然変じゃないよ。素敵だと思うな。すごく綺麗な赤色。さっき見たときは、何だか吸い込まれそうな気がしたよ」


 ルシルも素直な感想を口にする。彼女の言葉は決してお世辞ではなかった。アンナの髪は、本当に美しく、印象的だった。


「えへへ、二人ともありがと。実は、あたしも自分の髪、結構気に入ってるんだ」


 アンナは顔を上げ、二人に嬉しそうに微笑むと、自分の編み込みに手をやる。その先は緑色の髪紐が小さく存在感を主張していた。


「その髪紐も素敵だね」


 ルシルが指摘すると、アンナはさらに破顔させる。


「これはね、先生が入学祝いにくれた特別なものなの。私にいい出会いが訪れるようにって、先生が魔法を込めてくれたんだって。……おかげで二人に出会えたのかも」


 アンナが優しく髪紐を撫でながら感慨深げに言う。その姿はどこか誇らしげだった。先生とは、先ほど言っていた近所に住むというお姉さんのことだろうか。彼女に対する尊敬の念と親しみがその声音から感じられた。


「でも、もうあたしの話はいいよ。――ルーシー、その首にかけているのはネックレス?」


 首紐が見えたのだろう。ハナコの好奇心は、ルシルの首元にかけられたペンダントに向けられた。


「これ? ペンダントだよ。お母さんがくれたの」

「へえ、そうなんだ! 見てもいい?」

「うん、もちろん」


 ルシルは制服の下に隠れていたペンダントを首から外すと、アンナに手渡した。

 アンナはペンダントを手に取り、じっと見つめる。そして、中央に輝く石の美しさに感嘆の声を漏らした。


「――すごい。この石、見る角度で色が変わるね。遊色効果って言うんだっけ」

「そうなの?」

「うん。それに、この紐もすごいよ。これもあたしの髪紐と同じで、魔法が込められているんだと思う。たぶん石と紐、それぞれに別の魔法がかかってるんじゃないかな」

「魔法?」


 ルシルは目を丸くして尋ねた。


「うん、そう。どっちからも魔法の気配を感じるんだけど……具体的にどんな魔法かは、詳しいことはわからないかな。先生なら、きっとどんな魔法がかかっているかもわかるんだろうけど」


 ルシルはアンナからペンダントを返してもらうと、その移り変わる色をじっと眺めた。


「……そう、だったんだ。ずっと身に付けてたけど、気づかなかったな」


 ――お母さん、本当にこの島にいるの……。

 ルシルはこの島に来た目的を改めて思い出す。ペンダントを手のひらに握りしめながら、心の中で母に思いを馳せた。

 そんなルシルの心情を知ってか知らずか、アンナは優しく声をかける。


「ルーシーのお母さんが魔法を込めてくれたのかもね。大事にしてあげて」

「――うん、ありがと、アン。そうするね」


 ルシルとアンナは互いに微笑み合い、二人の和やかな空間が広がる中、それまで静かに成り行きを見守っていたハナコが、ゆっくりと手を上げる。


「……ところで、魔法というのは、どんな物にも施すことができるんですか?」


 その動きは引か目であったが、その黒い瞳からは好奇心の色がありありと感じ取れる。どうやら、ハナコもそれほど魔法には明るくないようだった。


「うーん。なんでもってわけじゃないけど……。そうだよね、二人は魔法についてあんまり知らないんだよね」


 ハナコは口元に手を当てて考えていたが、すぐに「そうだ‼」と何か思いついたように立ち上がり、室内に響くように宣言した。


「ここは学校が始まる前に、あたしが二人に魔法について少し説明しておいた方がいいかもしれないわね! あたしも学校には行けなかったけど、先生のおかげである程度の知識はあるから」

「‼」

「いいですね! ぜひお願いします!」


 ルシルは突然の提案に驚いて反応できなかったが、ハナコは嬉しそうに小さく拍手をする。それを受けて、アンナも、フフフッと嬉しそうに笑い声を漏らしていたが、すぐにコホンと咳払いをして説明を始めた。


「先生が教えてくれたんだけど、魔法っていうのは、意思を実現するための技術なんだって」

「意思、ですか?」


 ルシルとハナコが互いに顔を見合わせた。


「そう。魔法は、魔法使いの意思を、魔力によって現実世界に干渉させる術——精神におけるイメージを現実世界で具現化するものなんだよ。魔力はそのエネルギー源で、呪文や杖はそれを補助するための道具ってわけ」

「補助ということは、本来はそれらが必要ないということでしょうか?」


 ハナコが興味深げに尋ねた。


「そうだよ。実際、現代魔法では呪文の詠唱が省かれて、魔法名の詠唱だけで行われることがほとんどなの」

「……呪文と魔法名って?」


 ルシルはたまらず質問してしまう。

 アンナは一瞬思案する様子を見せたが、すぐに頭を振る。


「実際に見せる方が早いかもしれないね」


 するとアンナは杖を懐から取り出す。それはルシルの持っているものと同様、ガードが取り付けられている学生用のものだった。

 アンナはそれを慣れた様子で軽やかに振り上げる。


「《風よ(ウィンド)》」


 言葉に呼応するように、ルシルの顔にふわりとした風が吹き抜けた。その風は柔らかく、不思議と花の香りを感じさせられるものだった。


「これが魔法名だけの詠唱で行った魔法。元々は、この魔法名の前に長い呪文が必要だったんだけど、今使われている魔法のほとんどは、魔法名だけで発動できるようになっているの」


「おー」と、ルシルとハナコは歓声を上げる。それをハナコは得意げに手で制する。


「さっきの魔法風よ(ウィンド)は、風を起こすだけのシンプルな魔法なの。——先生はよく嫌なことがあると、この魔法で辺りの落ち葉を吹き荒らしてたんだよ」


 アンナはなぜだか誇らしげに胸を張るが、すぐに気を取り直して説明を続ける。


「魔法の規模と効果は、使い手の魔力量と、その人のイメージが大きく影響するの。だから、魔法を扱うために必要なのは、一に魔力量、二に豊かな想像力、三に正しい知識だって思ってもらっていいよ」


 知識。三つ目に何とも素朴な要素が出てきた。そんな考えが顔に出ていたのか、アンナはルシルに顔を向けると窘めるように言う。


「ルーシー、知識って言っても、そう単純な話じゃないんだよ。魔法名や呪文だけではなくて、その魔法がどんな背景で生まれたのか、どんな意図を持って作られたのかを理解することで、その魔法の全貌を把握できるのよ。そうすることで自分の中でその魔法のイメージを確かなものにするんだよ」

「……すみません」

「分かればよろしい」


 アンナの話し方はもう立派な教師のようで、ルシルは補習授業に参加する、出来の悪い生徒になったような気分だった。


「要するに、魔力は材料、想像力は道具、知識は設計図ってとこかな。魔法という現象を生み出していくの」


 アンナがそう締めくくると、ハナコは笑顔で拍手をする。


「アンさん、とても分かりやすかったです」

「えへへ、ありがと。でもこれは全部、先生の受け売りだから、ほんとのところは、どこまで正確かわからないんだ。だから二人とも、『基礎魔法理論』の授業もしっかり取ろうね。あたしも取るからさ」

「「はーい」」


 ルシルとハナコは重ねるように返事をする。それと同時に、もう授業科目にまで目を通しているアンナにルシルは素直に感心した。

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