自己紹介
レッドウィング寮、「203号室」のルームメイトが揃ったということで、改めて自己紹介する流れとなった。
ルシルはシングルベッドに、ハナコは二段ベッドの下段へと腰を下ろす。アンナは先ほどまで座っていた椅子を二人に向けて座った。
「では、改めまして、あたしはアンナ・ミード。二人にはアンと呼んでほしいな」
そうアンナが最初に口火を切る。
「北のスウェール村出身で、将来の夢はそこで学校を開くこと。好きな食べ物はアップルパイ。趣味は読書で、座右の銘は——」
アンナは溜めていたものを一気に吐き出すかのように話し続ける。その勢いに、ルシルは微笑ましさを感じた。
アンナの赤髪は肩まで届かない程度に短くカットされているが、サイドの編み込みだけは長く垂れ下がり、彼女が身振り手振りで思いを伝えるたびに揺れ動く。その様子がなんとも印象的で、彼女の活発さを象徴しているようだった。
ルシルはそれに耳を傾けながら、向かいに座るハナコへと視線をゆっくりと移す。ハナコは姿勢を正して、ニコニコとアンナの話に相槌を打っていた。
艶やかな長い黒髪と、同じく黒の瞳が印象的で、一目で美人と分かる種類のものであった。それでも決して近寄りがたい雰囲気はなく、そのやや太い眉と、その上で切り揃えられた前髪、目を細めて見せる愛嬌溢れる笑顔が、彼女に親しみやすさを添えていた。
「——というわけで、あたしからは以上! これからよろしくね!」
アンナはそう自己紹介を締めくくった。
「よろしくお願いします、アンさん」
「よろしく、アン」
「――うん! 二人ともよろしく!」
自分で提案していながら、いざ愛称で呼ばれると、アンナは照れくさそうに頬を赤らめる。その様子には、ルシル自身もなんだか照れてしまいそうだった。
「――では、続いては私でしょうか」
ハナコがルシルに確認するような視線を送る。ルシルは同意するようにうなずく。
それを確認すると、ハナコは軽く咳払いをして、口を開いた。
「私の名前はハナコ、ヨシダ・ハナコです。見てのお分かりかもしれませんが、アサカの出身です。アサカのヤエという国から来ました。そうですね、好きな食べ物は、桜餅でしょうか」
アサカ――カーラの話では本島と交流を断っているということだったが、状況が変わったのだろうか。ルシルがその疑問を抱いたのと同時に、アンナが代わりに問う。
「アサカって、あの霧島だよね? 本島との往来を規制しているって聞いてたけど、今はそんなことないの?」
霧島というのは、アサカ島の俗称だ。常に島全体に霧がかかり、本島からはその輪郭がはっきり見えないことに由来するそうだ。ルシルからしてみれば、ネブラディアも霧がかる島のように思えたが、それをあえて口にすることはなかった。
「以前まではそうでした。……いえ、今もそうなのですが、最近では徐々にその方針も変わりつつあるんです」
ハナコは二人に微笑んで見せる。しかし、先ほどまでの柔らかい笑顔とはまた違う、凛とした美しさを感じさせるものへと変わっていた。
「本島との交流を断つことは、アサカの文化と伝統、そして人々を守るという意味で、とても意義深いものでした。ですが、それが緩やかな衰退につながっていくことも、また事実です。これからのアサカには、新たな風を取り入れ、時代に合わせて変化していく柔軟性も必要なのだと、私たちは考えるようになりました」
ハナコの声には、確かな思いが込められているようだった。彼女の瞳は力強く輝き、その奥には決意と情熱が見え隠れしている。
「私がこの学園に入学できたのも、本島とアサカの交流を再開する取り組みの一環なのだと思います。——私自身、ここでの学びを活かして、将来的にはアサカと本島との良好な関係作りのお手伝いができればいいなと考えているんです」
アンナが「おおー」と感嘆の声を上げて拍手した。ルシルも、思わずその熱意に引き込まれ、拍手に加わった。
ルシルたちの反応に、ハナコは再び柔らかい笑顔へと変わる。
「なんだか気恥ずかしいですね」
「そんなことないよ! すごくいいと思う!」
「そうだよ。とっても素敵な目標だと思う」
「――お二人とも、ありがとうございます」
ハナコは指先を揃えて口元に当てると、今日一番の満面の笑みを浮かべて見せた。
そして、ついにルシルの番となる。
アンナとハナコの期待に満ちた視線がルシルに注がれる。彼女たちの好意的な注目に、ルシルの心臓は緊張でと高鳴り、胸が詰まるような感覚が広がった。
彼女は集いの中でただ一人、ずっと内心で緊張していた。彼女には話しておかなければならないことがあるのだ。
ルシルは少しくちびるを湿らせ、努めて落ち着き払った声で始める。
「私はルシル、ルシル・ベイカー。好きな食べ物は、クロワッサンかな。出身は……ずっと遠くの山奥なんだけど、そこでお父さんと二人で暮らしていたの」
そこでルシルは改めて列車の中で何度も自分に言い聞かせてきた言い訳を思い出し、自分を落ち着かせようとする。
――大丈夫。大丈夫、なはず。
そう意気込むも、続く言葉はなかなか上手く出てこなかった。
「……だから学校にも通っていなくて、その、今まで魔法の勉強もしたことがないんだよね。……ろくに魔法を使ったこともないし」
自分が魔法について何も知らないこと。これは事前に言っておかなくてはならない。それがこの世界において、どれくらい異常なことか、ルシルには分からなかった。分からないからこそ、二人の反応が怖かった。
ルシルは二人の顔を見ないように床を見つめながら続ける。
「この学校に来たのも、両親がこの学校の卒業生だったからで……。二人のことをもっと知りたかったっていう自分本位な理由なんだよね……」
ルシルはそこで言葉を切り、二人の反応を待った。心臓の鼓動がさらに速くなるのを感じながら、彼女はしばらくの沈黙を覚悟した。
しかし、驚いたことに反応がすぐに返ってきた。
「あたしもそうなの‼」
「私もそうです‼」
アンナとハナコの声が同時に部屋に響いた。
「……ふへ?」
ルシルが、間抜けな声を上げて顔を上げると、二人は興奮したように身を乗り出していた。
「あたしも学校に行けてなかったの‼ 魔法も勉強も、ずっと家の近くに住む先生、——じゃなくて、知り合いに教えてもらっていただけだったから。私も学校には通ったことがなかったの‼」
「私も家で勉学を見てもらうばかりで、同年代の方々と同じ学び舎で勉学に励むという経験はありませんでした!」
「そう……なんだ」
ルシルは二人に気圧されながらも、内心でほっと一息ついた。二人は、魔法に触れたことがないという点ではなく、学校に通ったことがないという点に共感してくれたようだった。列車の中で考えた苦肉の言い訳が、うまく通じたのだ。
ルシルは少しの罪悪感を覚えたが、実際に「魔法」学校に通ったことがないというのは事実だった。だからこそ、この言い訳もあながち嘘ではない。ルシルは心の内で、もう一つの言い訳をして自分を納得させた。
三人は顔を見合わせて笑いあい、部屋の空気は一気に柔らかなものへと変わった。
「先ほどは、少し大仰なことを言ってしまいましたよね。ですが、実のところ、学園生活に憧れていたというのも、この学校に来た理由の一つなんです」
「あたしだってそうだよ!」
すぐにアンナも同調し言葉を引き取ると、今度はルシルへと向き直る。
「それにさ、両親と同じ学校に通いたいっていうのも、十分素敵な理由だと思うな。世代を超えて知識と経験が継承されていくなんて、なんだか素敵じゃない?」
そう言い、アンナはルシルに満面の笑みを向ける。その揺れる髪は、やはり変わらず赤く輝きを放っていた。
「――二人ともありがとう」
ルシルは肩の荷が下りるのと同時に、二人がルームメイトであることに心から感謝した。
「それと、私のことはルーシーって呼んでほしいな」
「ほんとに‼」
アンナは喜びを隠せない様子で声を上げる。
「では、よろしくお願いします、ルーシーさん。それでは私も何か愛称のようなものを考えた方が良いのでしょうか」
「ハナコだから、ハナにしようよ!」
アンナが提案すると、ハナコは優しく微笑んだ。
「ハナ――いいですね。それでお願いします」
「うん! よろしく、ハナ!」
「こちらこそよろしく、ハナ」
この瞬間、部屋に満ちる空気がもう一段、柔らかくなったようにルシルは感じた。三人の心の距離が少し近づき、共に過ごすこれから時間が楽しみになってきた。
新しい環境への不安や緊張が溶けていくのを感じながら、ルシルはここでの生活が充実したものになる予感を胸に抱いた。
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