少女と学生寮

 エレノアの言っていた通り、道なりに進むとそれらしき建物が見えてきた。

 学生寮は薄紅色の砂岩が特徴的な巨大な建物だった。隅には四つの塔がそびえ立ち、上部には円錐形の屋根が青空に映えている。全体として歴史の重みを感じさせる一方、生徒を暖かく迎え入れるような雰囲気も合わせて漂わせていた。

 ルシルはその重厚な木製扉の前で足を止めた。傍らには、「レッドウィング寮」と記された看板が立てかけられている。

 それを確認すると、ルシルは期待と緊張の入り交じる気持ちをなんとか抑えこみ、扉の内へと足を踏み入れる。


 そこには暖色を基調とした温かみのあるエントランスホールがまず広がっていた。その中でルシルの目に最初に飛び込んできたのは、老婦人の顔だった。受付らしきカウンターから、その分厚い眼鏡越しに鋭い眼差しをルシルに向けていた。銀髪をきちんとまとめた彼女こそが、この寮の秩序を守る監督者であることは容易に想像できた。


「こんにちは、ルシル・ベイカーです」


 ルシルが自己紹介すると、老婦人は頷き、即座に部屋の割り当てと寮の規則を説明し始めた。彼女の説明は機械的ながら的確で、ルシルはその厳格さに圧倒されつつも、自分がここで何を期待されているのかを確認した。


「お部屋は二階の203号室です。くれぐれも規則は厳守してくださいね」


 老婦人が最後に付け加えると、ルシルは「はい、ありがとうございます」とお礼を言い、寮内を進む。

 エントランスホールの先には、広々とした大広間が続いていた。天井から吊るされた豪奢なシャンデリアが全体を明るく照らしている。壁には歴代の寮生たちの写真が飾られており、彼らの笑顔がこの場所の歴史と温かさを物語っていた。大広間には今、人影はなかったが、ルシルはここでの賑やかな光景を容易に想像できた。きっと、毎晩ここで友人たちと語り合うのだろう。

 大広間を突き抜けると食堂があり、その手前で左右に分かれる階段が見えた。左右の階段は男女別の寮室区画へと続いている。ルシルは迷わず左手の階段を駆け上がり、自分の部屋を探し始めた。

 階段を上ると、二階の廊下に並ぶ扉の一つに目が留まった。手前から三つ目の部屋、部屋番号「203号室」。そのドアにはルシルの名前を含む三つの名前が記されたネームプレートが掛かっていた。


 アンナ・ミード

 ハナコ・ヨシダ

 ルシル・ベイカー


 先程説明された通り、三人部屋のようだ。これから共に過ごす二人のルームメイトの名前を目にし、ルシルは改めて少しの緊張を感じた。そこでもう一度、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。今日何度目の深呼吸だろうか。そう思うと自然と笑みがこぼれた。

 そして、ルシルはノブに手をかけ、扉を開いた。

 内装は思っていたよりもシンプルなものだった。二段ベッドとシングルベッドが左右の壁際に配置され、部屋の奥には個々の学習スペースなのか、三つの机と椅子が並んでいた。その向かう壁に出窓があり、部屋に光を差し入れる。

 しかし、ルシルの目を引き付けたのは、そのどれでもなかった。ルシルの目線は、その中央の勉強机に伏せる少女の後ろ姿に注がれていた。

 ルシルは一瞬息を止めたが、すぐに気を取り直し、部屋の中へと進んでいく。その間に「お邪魔します」と静かにつぶやいたが、少女は何の反応も示さなかった。少女は熟睡しているようで、その背中は規則正しく上下に浮き沈みしている。

 ルシルはシングルベッドの傍まで来ると、トランクをそっと床に置き、改めてその少女を見た。

 そこで初めて気が付いた。少女の髪は窓から射し込む光に照らされ、炎のように赤く、鮮やかに輝いていた。その鮮烈さに、ルシルは無意識のうちに少女のそばまで寄っていた。

 腕を枕に眠る顔は気持ちよさそうで、自分よりも幾分幼く見えてしまう。何かの勉強中だったのか、枕にしている腕の下にはノートが敷かれていた。

 ルシルはその内容を覗こうと身をかがめる。しかしその瞬間、少女の瞳が突如として開いた。

 ルシルは驚きから反射的に後方へと飛びのいた。その動きに呼応するかのように、少女は立ち上がった。


「やっちゃった! せっかくここまで待ってたのに!」


 その時、先程のノートの内容がちらりと見えた。

 そこには、ルシルともう一人のルームメイト、ハナコの名前が記されていた。そしてその下には、それぞれ「ルーシー」と「ハナ」という愛称のようなものが添えられていた。


「あなたは……ルシル・ベイカーさんね!」


 少女の声が、ルシルの意識をノートから引き戻した。そうしてルシルが改めて少女に目を向けると、彼女もまた、ルシルをじっと見つめていた。彼女の好奇心旺盛そうなブラウンの瞳には、ルシルに目を逸らさせない不思議な魅力を宿していた。


「え、えっと……」

「あ、あたし、アンナ。よろしくね!」


 アンナは乱れた前髪を一切気にすることなく、ルシルに向かって嬉しそうに手を差し伸べる。


「私はルシル。こちらこそよろしく。」


 ルシルは、アンナの勢いに少し圧倒されつつも、握手を交わす。そして、先ほどまでの戸惑いを誤魔化すように言い添える。


「その……とってもきれいな髪だね。見とれちゃった」

「ほんとに‼」


 アンナが一歩、ルシルへと身を乗り出す。


「本当だよ」とルシルが返事をしようとした時、ちょうど背後から「あの」と控えめな声が二人の会話に割り込んだ。

 ルシルは声の方向、部屋の入口へ振り返る。


「ぜひ私も、お仲間に入れてください」


 そこにはもう一人のルームメイトの黒髪の少女、ハナコが荷物を抱えて立っていた。

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