第4話
瞬間、私の手は彼の裙を掴んでいた。手首に力が入る。彼の身体がカクとこちらに戻ると、彼は瞳を二度程ゆっくりと瞬かせた。
「……どうかしたのかい?」
「どうって……落ちそうだったから」
「落ちる? 僕が? ふはは、そうか。僕が落ちて……ふふ」
彼は、突然吹き出すように笑いだした。通り過ぎていく人たちが、こちらに視線を向ける。隔絶されていた世界から、引き戻されたようだった。
「な、なんで笑って」
「いや、僕は鳥でも天使でもないからね。落下しても飛翔は出来ない」
酸素を取り入れるのに苦労しながら、彼は上擦った声で言った。からかわれたことに対して言い返そうと詰め寄った時、今度は後ろから通行人に肩を押された。
「おや、大丈夫かい」
彼は揺れた私の上体をそっと支えると、忙しない通行人にやれやれと肩を竦めた。
「もう少し話さないか? ここでは、落ち着かないだろう」
「え……」
ビルから零れるライトが柔らかい微笑みを照らす。手を差し出す動作まで様になっていて、思わず手を取るのを拒んでいた。
「……これが所謂ナンパというやつですか?」
「軟派?」
こんなこと初めてで、思わず動転して相手に尋ねてしまった。田舎者の私が都会に出ることになって、親族から「都会の男には気を付けんとかんよ」「田舎者だで注意しりんね」と再三言われたのだ。まさか、こんな掴み所の無い人に声を掛けられるとは思ってもいなかったが。
「不安なら、君が店を選べばいい。それなら怖くないだろう?」
初めて来た「みなとみらい」だ。素敵な店なんて一つも分からない。だが、このまま知らない男性に知らない店に連れていかれるのも、女性として駄目な気がする。
「じゃ……じゃあ、あそこのカフェで」
近くの商業ビルにあったカフェを指さす。知らない名前の店だが、窓際席から見える客層からしても、怪しい店ではなさそうだ。
「ふむ……。では、行こうじゃないか。お嬢さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます