【幕間】 実乃里ちゃんのフルートの実力は…凄い

「……凄いな」

今日、何度同じことを呟いているだろう。

ここは上野の音楽ホール。

俺は最近正体の分かった悪友の秋男に誘われてここにいる。


秋男「こういうところはあまり経験が無いか?お前もバント活動をやっているんだろ?」

「バッカ!俺らみたいな素人のアングラバンドがこんなところで活動するもんか。せいぜい柏あたりのライブハウスぐらいだよ」

秋男「俺は実乃里の付き合いでさんざん通ってしまったからな…正直、あいつ絡み以外では来たくはないな。まあ女に請われたら行くけど」


秋山秋男、俺と同い年の大学生であり実乃里ちゃんの実兄。

まあこいつがそばにいたのでは、実乃里ちゃんが同世代の男の子に目を向けることはなかなかないだろうなあと思うぐらいは、女慣れしているし容姿も整っている。

…あれ?んじゃ何で、俺の妹の五月には幼馴染みで同い年の彼氏がいるんだろう?


考えると泣きそうになるので、気を取り直して俺は秋男とステージからは分かりにくい席に向かう。


先般、実乃里ちゃんが言っていた『日曜日の用事』と言うのは…フルートの全国コンクールだった。


秋男「そろそろコンクール表彰常連の上手い奴らが出てくるから飽きないぞ」

「その中でも、実乃里ちゃんは最後なんだろ?」

秋男「あいつを途中で入れると採点がやりにくいみたいでな」

つまり実質、このコンクールは実乃里ちゃんを中心に動いていると…つまりそういうことだった。


「ちょっと調べたんだけど…この手のコンクールに出てくる子って、半端なく練習してるんだろ?」

秋男「実乃里も凄いぞ?うちでフルートの音が響かないのはお前の家庭教師の日…ぐらいだな」

「……」

秋男「あいつがお前にフルートを演奏する自分を見せたくないのは分かっているんだがな」

「秋男?」

秋男「だから…これは家族のエゴだ。あいつには多分相当な才能がある。海外の有名どころから実際声は掛かっているんだ」

「…凄いな」

秋男「ただな…中途半端な才能で生きていけないのもこの世界でな…悩んでいるんだ、この世界に進むべきなのか。俺たち家族も、実乃里自身も」

「……」

秋男「いつか、実乃里はお前に相談するかもしれない…あいつの人生を。その時にはもしかすると俺たちには、もう何も言ってあげられない状況かもしれない」

「……」

秋男「その時は、実乃里を助けてやって欲しい」

秋男「お!あの子!」

「ん?」

ステージには、演奏ももちろん上手いんだけど、実乃里ちゃんに負けず劣らず可愛い女の子が。

「なんだお前の好みなんか?」

秋男「バッカ!あの子が実乃里の唯一のライバルって言われてる高倉南ちゃんだ」

「ぶ~~っ」

秋男「きったねえな!」

「ま、まさか高倉さんって実乃里ちゃんの友達…」

秋男「ああ…大親友とか言ってたな。珍しいらしいぞ?同じ楽器奏者だと」


あの女か!!


秋男「どうした?」

「…いや、あの女の顔だけは忘れないように…と思ってなっ!!」

秋男「…浮気はすんなよ?実乃里は…やばいぞ?」


その日、実乃里ちゃんは当然のように優勝した。

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