星の収穫

師走 桜夏

星の収穫

 ちゃぷちゃぷと水の音がそこかしこからする。真っ黒な海をぷすぷすと、まち針のごとく星光が刺していた。クゥールルは木の船から空を見上げる。


「今日は豊作だ」


「そぉーだな。こりゃあ当分、星には困らねーや」


 クゥールルの向かいに座るクゥールルと同じぐらいの男が立ち上がる。男は船にのせていたハシゴを手に取り、空へ向かって立てかけた。


「フゥヌ、ハシゴは一つしか持ってきていないのかい?」


 フゥヌと呼ばれた男は数秒、言われたことを理解しきれず首を傾げる。しばらくしてハッと口を開けた。


「やっべ、いつも一人で来てるからわっすれてたわ! クゥールルごめ!」


「いいよ。僕ん家には空にかけられるハシゴはないから、一つあるだけでありがたいんだ」


「ごめんよぉ。今度はちゃんと二つ持ってくるからぁ」


 フゥヌは顔の前で両手を合わせ、謝罪の意を示す。


「申し訳ねぇし、クゥールル、お前先星採っていいよ」


「えっ、で、でも僕星を採るの初めてだから、どう採るのか分からないよ」


「大丈夫、木の実採る要領でピッて採りゃぁいいんだよ。ホラ」


 クゥールルは本当かなぁとフゥヌの言葉を疑いながら、籠をもって空にかけられたハシゴを登った。手を伸ばしたら星が届く距離まできたところで、クゥールルは登るのをやめる。これをとったらいいのかな。とクゥールルは星に手を伸ばした。白く爛々と光の針を放つ星がクゥールルの手に包まれる。初めて収穫した星をクゥールルは眺めた。ビー玉より少し大きく、ほんのりあたたかい。美味しそうだ。クゥールルは頬を緩ませて星を籠に落とした。クゥールルは始めこそたどたどしかったものの、慣れてきたのか手際よく星を籠に入れてゆく。


「ねぇ、フゥヌ」


 ハシゴの下の船にとどくよう、クゥールルは声を張って問いかけた。なんだ、とフゥヌの声が返ってきたからクゥールルは口を開く。


「この星に、人は住んでいると思う?」


「さぁ、どーだかな。でもないだろ。星っつーのは人間どころか、生き物が生まれることも希中の希だ」


「でも絶対ないって訳じゃないよね」


「俺たちがいるからな。それがどうした?」


 夜風が吹いてクゥールルの髪がなびいた。星を落とさないようにとクゥールルは慌てて籠を守る。彼の目線の先には籠の中の星々がある。クゥールルは目を細めてそれらを眺めた。


「今まで考えたこともなかったけど、いざ星を採るとなったら考えてしまってさ」


「おう。それよりハシゴから落ちないようになー」


 自分の話をそれよりといわれてしまいクゥールルは不満気だ。


「落ちないようにするから。それで君はどう思うんだい?」


「どうもこうも、無駄なことは考えねぇ主義だよ。なぁんで変なこと考えるかね。どーでもいいから星採れよ」


「だって、人がいるかもしれないと思ったら採り辛いじゃないか。知らない間に人を食べるかもしれないと思ったら、星を採るのが怖いよ」


「そうか。お前、星好きだったよな」


「話を変えないでよ、もう。かぼちゃスープにふりかけた星が好きだよ。キラキラした食感がしてね。だから自分で採れるようになるために、今日フゥヌと星を採りに来たんじゃないか」


「ああ、そうだな。じゃあ手元の星、うまそうか?」


「うん。美味しそう」


「食ってみろ。採れたては美味い」


 一体フゥヌは何がいいたいのだろうか。と疑問を浮かべながらクゥールルは、籠に盛られた星を一つ手にとった。それを口に放り投げ舌で舐めて転がす。星が歯にあたる度にピカピカと光の音がした。ガリッと噛んでみると、クゥールルの好きなキラキラした星の食感がする。


「うん。美味しいね。やっぱり採れたての星はなんだかいつもよりキラキラしている気がする」


「そうだろ? そんなうまいもん食えんなら、人がいるかもしれないなんてどーでもいいだろ。それに俺たちは牛や羊みたいな動物の命を頂いて生きてるんだ。今更だ」


 フゥヌの言う通りのような、そうじゃないような、腑に落ちそうで落ちないクゥールルはうーんと首を傾げる。けれどフゥヌへの反論も思い浮かばない。フゥヌのいう通りかもしれない、とクゥールルが納得しかけた時だった。ドシン。と船が、海が、大地が揺れた。そんな拍子にクゥールルの籠から星が零れ落ちて海に落ち、溶けてなくなってしまった。ああ、とクゥールルは声を漏らした。じゃぽんじゃぽんと船が揺れて、フゥヌは焦りながら叫ぶ。


「地震か?! クゥールル、危ないから一回降りてこい!」


 その通りだとクゥールルはハシゴを降りる。採った星がなくなってしまったと、クゥールルは船に座りながら落ち込む。しかし落ち込んでいる暇はなかった。


「おい、クゥールルみろよ。なんだよアレ!」


 フゥヌが指さす先を見ると、水平線の向こうを大きな影が覆っていた。後ろを振り向くとこちらもまた影が空を覆っている。前方と後方だけが影に覆われている。まるで、空を何かが摘んでいるように──。グラグラと大きな揺れが再び起こった。


「おいおい、なんだってんだ天変地異か?!」


 全てが揺れて船に海水が入ってくる。船を沈ませまいとフゥヌは揺れに逆らって船のバランスをとる。そんな中クゥールルはみた。夜空いっぱいに広がる人間の瞳を。冷たい夜の空気がクゥールルの喉をツルッと通り、諦めたように眉を下げた。


「かぼちゃスープがいいな」



 ◇◇◇



「ままー! おほしさま取れたよー!」


「あら、じゃあコーンスープにまぶしましょう」


「わぁい!!」

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