第6話 紙一重な魔導書

 当然だが、街には一つとして同じものはない。

 人種や特産物は違うし、その時期によって大きく姿を変える。


 港町は、当然だが漁業が盛んなので、出店は魚で溢れていた。

 焼き魚は美味しい。でも、まだ旅は始まったばかり。


 出来るだけ節約しなきゃいけない。


 そう、できるだけ――。


「美味しいねえこの、マグロンっていう串焼き」

「は、はふ、ああっつあつっつぅ! 熱ぅ!」


 欲望にまけてしまって、串焼きをふたつ頬張っていた。

 ちなみにマリスは猫舌らしい。いや、魔族舌?


「おいひい、おいひいですがっ! 熱ぅ!」

「火傷しないようにね」


 そしてお金はほとんど持っていない。そもそも、魔族には通貨がなかったのだ。

 ほしいなら奪う、それが理念。

 

 シンプルで分かりやすく、人間と違って空腹に耐えられる期間が圧倒的に長いらしい。


 お茶を飲んだときも、「一か月ぶりにまともなご飯を食べました」と言っていた。

 もちろん、いやそれご飯じゃないから! 飲み物だから! というツッコミもしておいた。


 宿を決めるのは夕方でいいだろう。

 少し観光がてら、魔導書も調べてみようかな。


「マリス」

「あっつぅ! 熱ぅ! はふはふっ!」

「人間が知りたいっていってたけど、具体的にしたい事とかあるの?」

「あつぅ! はぁっぁっ! 熱ぅ!」

「何もないなら、まずは魔導書探す感じでいいかな?」

「ひ、ひぃふぅ、はぁっ、はいっ!」


 お互いの同意が得られたところで、まずは雑貨屋さんへ向かう。

 出来るだけ小さいところがいい。


「美味しかった。ごちそうさまです。エリン」

「いえいえ、どういたしまして。舌だいじょうぶ?」

「はい! あれ、今の店、魔法具屋って書いてましたよ? 行かないんですか?」

「ああいう所は、必要・・なものしか置いてないからね。私は、全然使えなさそうなものがほしいんだよ」

「そういうものですか。でも、なんかいいですね」

「ふふふ、それより文字が読めるの?」

「え? はい! 幼いころに教えてもらいましたから」


 なかなか面白そうな話だ。

 夜の食事の際に、根掘り葉掘り聞いてみよう。



「いらっしゃいませ」


 曲がり角に、小さな雑貨屋さんを見つけた。

 マリスには、いつものように肩に乗ってもらって、できるだけ無害そうな顔をしてもらっている。


 小さな椅子に座っている、眼鏡をかけた白髪交じりのおばあちゃん。

 失礼かもしれないけれど、私的には欲しいものがありそうだ。


「これはなんですか? エリン」

「占いの道具じゃないかな。魔術と親和性はあるんだけれど、占術を扱える人は少ないよ」


 マリスは、興味津々だった。

 そういえば街に入るのは初めてなのか。だったら、もっと大きな店に連れていってあげたほうがよかったかな。


「凄い。ものがいっぱいだあ」


 と思っていたが、随分と楽しそうだ。

 まあ、これからそういう機会もあるだろう。


「おばあさん、魔導書ってあります?」


 それから一通り見学したあと、私は目的のものを尋ねた。


「ん、あるにはあるけど、攻撃魔法ならもッと大きい店のほうがいいよ」

「ええと……」


 何て言ったらいいのだろうか、くだらない魔導書が、欲しいとは言いづらい。

 マリスは、前に一度変なこといったのを覚えているのか、自ら口をふさいでいた。


 くだらないものがいいんです! と叫んでしまいそうな自分を抑え込んでいるのだろう。


「できれば、地元専用だったり、民間魔法がいいんです。私、魔導書が好きで」

「へえ、めずらしいね。売り物じゃないなら、いくつかあったかのう」


 そういうと、お婆さんは奥に引っ込んでいった。

 私が悪人なら万引きできそうなほど緩い感じは、田舎特有な感じがあっていい。


 やがて戻ってきてから手渡された魔導書には「魚を雄か雌か見極める魔法」と書かれていた。


「こんなものしか――」

「欲しいです! 是非、ください!」

「ええ? いいのかい?」

「はい! 最高です!」


 これは最高だ。看板で魚を見つけたら、オスメスどちらか確認できちゃうなんて暇つぶしにももってこい。


「んー、値段を付けるのもねえ。だったら、お使いを聞いてくれるかい?」

「おつかい、ですか?」

「いつも市場に買い物をいっているんだけどねえ。今日は腰が痛くて、メモを渡すから買ってきてもらえないかい?」

「え、いいんですか!? もちろんです! 任せてください! どんな魚でも!」

「あ、ありがとねえ」


 お金もかからないなんて最高だ。と、喜びのあまりおばあちゃんの両手を掴んでしまった。

 大喜びで指定された場所へ向かう。


 ルンルンと鼻歌を歌っていたら、マリスが「音程が上下していて、いいですねえ!」と、褒めてるのかよくわからない言葉を言っていた。


 市場に到着。すごく海の匂いがして、人がわんさかいる。

 マリスはより一層姿勢と羽を伸ばし、凄い凄いと周りを見ていた。


 といっても、主に魚を取り扱っている人間をだが。


「ええと、マグロンと――」

「お、おい気を付けろぉ! エルドナフィッシュがあああああああああああああああ」


 するとそのとき、後から大きな声がした。

 デカい魚が、暴れてものを吹き飛ばしている。


「ま、麻痺がとけたのか!? だから、あれほど生け捕りはやめろって!」


 なるほど、そういうことか。

 幸い人に怪我はないらしい。


 あ、そういえばエルドナフィッシュの切り身とも書いている。


 ――もしかしたら、ご褒美もらえるかな。


「マリス、ちょっと浮いてて」

「え? はい――」


 私は、何もないところから杖を取り出した。

 空間魔法に圧縮しているのだ。普通の人から見たら、ぽんっと現れたように見えるだろう。


 魚は水、つまり雷に弱い。

 

 とはいえ、やりすぎはよくない。

 焼き魚ではなく、しびれ魚ぐらいになるように調整。


「じょ、嬢ちゃん逃げろ! そいつは、めちゃくちゃつえ――」

「――雷魔法ライトニング


 杖の先端から、微量な電気がピリっと流れると、一本筋が通った。

 人にはあてないように縫いながら。そして、見事にヒット。


 魚は少しだけ悲鳴を上げたあと、静かに倒れる。

 あの物量なら、明日の朝までは起きないだろう。ということは、多分大丈夫。


 てくてくと駆け寄って、魚を管理していたらしき人が倒れていたので、手を渡して起こしてあげる。


「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとよ。すげえ魔法だな……。こいつ獲るとき、魔法使いの護衛を頼んでたんだが、何十回も撃ってたぜ」

「へえ、そうなんですね。あの、さっそく何ですが、切り身っていただけます?」

「え?」


 そして私は、さっそくお婆ちゃんのところに戻った。


「ありがとねえ。んっ、こんなに大きい切り身どうしたの?」

「実は天から降ってきまして」

「ふふふ、よくわからないけど助かったわ。ほら、魔導書」

「あ、それなんですけど……実は覚えてしまったんです。さっき見たときに。なので、こちらは結構です」

「え、そうなの? なのにちゃんとお買い物なんて、律儀ね」

「いえいえ、とんでもないです! こちらこそありがとうございました」


 外に出ると、マリスが声をかけてきた。


「エリン、あの一瞬で覚えていたのですか?」

「そうだね。簡単な魔導書は一発で覚えられるから、できるだけ中は開かないようにしてるんだけど、お婆さんが開いちゃったからね。でも、ちょっと残念」

「残念?」

「この魔導書、凄く役に立っちゃった」

「……どういう意味ですか?」


 エルドナフィッシュは、性別で弱点の部位が違う。

 オスは尾で、メスは頭。


 見た目での判別は不可能だが、私は一瞬でわかってしまった。

 つまり、魔導書は素晴らしいものなのだ。


 それを伝えると、マリスは「……良かったのでは?」と呟いた。


「まあでも、平地だったら使えないし、これはこれでいいか?」

「山でも湖で魚とかいませんか?」

「……砂漠は」

「オアシスとか……」

「よし、諦めよう。それより、どうやってその語彙力を覚えたのか教えてもらっていい?」

「え? は、はい!」

「とりあえず食事にしよっか。あ、あの看板の魚、オスって書いてる」

「それもわかるんですね……」

 

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