第7話 真実か嘘か
異世界に来てから、私はこの世界がアルコールで出来ているのではないかと思ったことがある。
「くぅ、姉さんビアーもういっちょ! 樽でくれ!」
「こっちもだ! 頼むぜ!」
「中樽でたのむわぁ!」
夕食兼酒場に到着した私とマリスは、すみっこのテーブルに座って、メニュー表を眺めていた。
周りは既に活気づいていて、仕事を終えた労働者や冒険者たちが、今日の事を語り合いながら酒を酌み交わしていた。
例外はあるかもしれないが、例外を見たことがないのでわからないが、この世界の住人はみな一様に酒が好きだ。
私の元仲間たちも、まるで水のようにゴクゴクと酒を飲む。
それもあってなのか、どの街も酒は安い。
場所によっては水よりも安価だったりするので、もはやよくわからない。
そんな中、私も例外に漏れずアルコールが好きだったが、一方であまり飲まないようにしていた。
なぜなら、魔物の戦闘がある異世界だからだ。
いつ何時襲われるかもわからないし、戦いに出なければならない緊急事態もある。
七番目としての責任感もあったと思う。
仲間には申し訳なくて言わなかったが、私なりの決意の表れでもあった。
とはいえ、もちろん息抜きは大事だ。
全てがそう言うというわけではない。
だがしかし。
だがしかしだ。
私はもう七番目の勇者ではなく、一介の魔法使いだ。
ということで、普段は頼まないアルコールの飲み比べ三種セットを頼んでやったぜ。
「お待たせしました。こちら左から地ビアーのセットとなりますー」
定員さんが持ってきたのは、もうとてつもなくデカい手持ち樽に入った三つ。
マリスは椅子にちょこんと座っているが、最初に頼んだソフトドリンクのお茶を飲んでいる。
アルコールは飲んだことがないらしい。
「すげえ、あの姉ちゃんかっけえな」
「一人と一匹で大酒のみか、萌えるな」
「声かけようかな?」
隣からひそひそとお話されている。
マリスが一匹扱いされているのはなんだか可哀想だが、それも仕方ない。
同タイミングで、サラダと塩漬け肉が出てきた。
私はいつも小さくしてもらっているので、コロコロステーキっぽくなっている。
まずはビアーを口まで持ってくると、アルコールの良い匂いがした。
罪悪感と開放感、王都でも何度か飲んだが、旅の道中では久しぶりだ。
「い、いただきます……」
静かに口元までもっていくと、樽からひんやりとしたビアーが注ぎ込まれる。
口いっぱいに広がる麦の香りと炭酸ののど越し。
そして、ステーキを口いっぱいに頬張ると、自然と笑顔がこぼれた。
「美味しい……」
「凄い笑顔ですねえエリン、そんなに美味しいのですか?」
「苦手な人もいるかもしれないけどね。一口飲んでみる?」
「どうしようかな……でも、アルコールを嗜むのは人間のするものだって言われたことがあって」
「へえ、それは初耳。魔族って何を飲んでるの?」
「普段は水ですよ。種類によっては、血を飲む人もいたと聞いていますが。あ、もちろん僕は水しか飲んでませんからね!?」
全力で否定するマリス。
申し訳なさそうにつまようじでステーキを一口食べると、羽をぱたぱたさせて喜んだ。
私は、小さなグラスを一ついただき、マリスに手渡した。
おそるおそる飲むと、「苦い……でも、美味しいかも」と笑顔になった。
今まで私は年下で、誰かにこうやって先輩っぽく接したことはないが、存外悪くない。
これが、後輩が食べていると嬉しくなる現象か。
いや、後輩でもないけど。いや、むしろ年上の可能性もあるな。
生まれは最近だといっていたが、よくよく考えたら寿命が違うのではないだろうか。
ドワーフのボムの最近は50年だったし、種族間での認識のズレを忘れていた。
「ねえ、マリスって――」
「そういえば、エリンって――」
「あ、どうしたの?」
「どうぞどうぞ!」
お互いに話が被ってしまって、クスクスと笑い出す。
どうしてこんなにも人間臭いのか、そのあたりを今日はゆっくりと聞きたい。
マリスからすれば、私は敵だったはずだ。
それも普通の人間ではなく、勇者。
逆に私からすれば、マリスは底知れぬ悪意を持つ魔族。
お互いに聞きたいことは山ほどある。
道中で話さなかったのは、信頼できなかったこともあるが、嘘をつく可能性があるため。
けれども、なんだか今はちゃんと真実を話してくれると思っている。
何の根拠もないけれど。
そして、お互いに質問を返すことにした。
まずは私から。相変わらず、丁寧な魔族。
「じゃあ、私から。マリスの生い立ちを聞かせてもらっていい? できれば、詳しく」
「は、はい! ええと、そうですね。まず、魔王様はもちろんご存じですよね?」
「……もちろん」
魔王は、この世界に突如現れた魔界から来たと言われている恐怖の大王のことだ。
実際に私がこの目で見たことはない。けれども、文献や人付けで話しは聞いている。
とてもおそろしく、容赦がなく、そして強かったと。
実際に魔族の大勢と戦ってきたが、どの相手もおそろしいほどの戦闘力だった。
そして部下はみな一様に魔王様には勝てないという。
忠誠心が高いことからみても、凄まじい強さだったのだろう。
「――僕は、魔王の子供なんです」
「なるほど。……え? 今なんて?」
「ですから、僕は魔王の子供。つまり、人間を滅ぼそうとしていたのが、父なんです」
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