第5話 情けは人の為ならず
「凄い……人間がいっぱいだあ」
私とマリスは、村を出てすぐ近くの街に来ていた。
名前は【ルードル】という街で、港が近くにある漁業の盛んなところだ。
北へ行くには、いくつかの海を越える必要がある。
まずはルードル海峡を越えて、次の街へ行く。
いつも宿の手配や予約関連は、戦士のドナーが対応していた。
『そこを何とか! な!? 俺たち急いでるからさ!? なあ、安くしてくれよ!?』
と、賑やかで人懐っこい彼は、私たち路銀を何度も節約してくれた。
私もあるだけ持ってきたが、旅は何かと入用だ。
「マリス、まずは船の予約をするね」
「わかりました! ええと、僕はどこかでコソコソ隠れていたほうがいいですか?」
「いや、それ逆に怪しいんじゃないかな……?」
世界には魔物が大勢いるが、それに伴って
私はマリスを使役したわけではないが、魔族の特徴をしっかりと認識できている人は少ないので、特に問題はない。
それこそ、六人目の勇者じゃなければ不可能だろう。
まあ
「ご、ごほん。よし、頑張るぞ」
船の予約、港の前の小さな小屋を前にして、私は気合を入れた。
パターンはいくつか教えてもらっている。
『泣き落しは出向前だと値引きしやすい。向こうも無駄に席を余らせて置くのはもぅたいないからな。だが、事前予約では無理だ。適当に笑われるのがオチさ』
『じゃあ、予約の場合はできないの?』
『コツがあるんだよ。まあ、みてな――』
そういって、ドナーは1000リカを500リカまで値引きした。
その、技というのは――。
「あ、あの、すみません!」
「ん、何だ予約かい?」
「は、はい! 実はその……凄いですね。この船、めちゃくちゃ格好いいです。確か、西の最新鋭ですよね?」
「ほう、わかるのか?」
「はい! 色々教えこまれ――いえ好きなんです!」
とにかく船を褒めることだ。
ドナーは、ありとあらゆることを知っていた。
いつも明るく元気で、ちょっとおバカっぽいのだが、その実博識で魔物にも詳しい。
人は仕事や好きな物を褒められると嬉しくなる。そして、値引きはその気持ちだという。
やましい気持ちではなく、心から相手と感覚を共有する。
それが大事だとドナーが言っていた。
つまり泣き落としも、彼にとっては本心だったらしい。まあ、事実はわからないけど。
実際私は、船が好きだった。
旅行といえば徒歩と馬車だが、船は寝ているだけで目的地に到着するし、良い船にはベッドもある。
もちろん、看板で潮風に当たるのも好きだ。
だから、これは本音。
値引きも、本音。
「――嬢ちゃん、気に入ったぜ」
「嬉しいです! ね、マリス」
「は、はい! これで
するとマリスが、とんでもないことを言い放った。
確かに値引きしてくれるかもしれないとは言ったが、まさかすぎる。
私は、ひきつった笑顔でおじさんを見た――。
「がはは! こりゃ一本取られたな。もしかして俺を喜ばせようとしてたのか?」
「え、いや!? その、船は好きなので、ただ話をしたかっただけです! もちろん、値引きしてほしいのも本当でしたが……」
どちらも本音。私は人と話すのが好きだ。
と言っても、何の意味もなく声をかけるのは恥ずかしいし、相手も迷惑だろう。
だから、こうやって旅の途中で誰かと話すときは、できるだけ会話を楽しんでいる。
もちろん、その過程で一期一会の出会いもたくさんあったし、幸せなこともあった。
当然、悲しいことも。
私は人生を楽しんでいる。
七番目として誇り高く旅に出たときも、旅の途中も、終わりも、今この二度目の旅も。
したたかで、それでいて人間臭く最後まで生きたいのだ。
それに、これは私の夢だったから。
「いいぜ。300リカにしておくよ。そっちのマリスは使役だな? タダでいいぜ」
「え、い、いいんですか!?」
「ああ、楽しかったよ。それに、
ニヤリと笑うおじさん。まさか知られていたとは。
旅の途中はあったが、今の噂はあまり良くない。
なんだか申し訳ないなと思っていたが――。
「俺の故郷はあんたに助けられたのさ。叔母が喜んでたぜ。魔物をバッタバタとなぎ倒す七番目の女神が見れて、メイドの土産だってな。代わりに礼を言う。ありがとう。――悪いな、300リカはもらわねえと仕事ができねえんだ」
その言葉に、私の心が震えた。
もしかしたら私はどこかで悲しかったのかもしれない。
旅に出てから、私は多くの人と関わったが、ずっと前に進んできたのだ。
振り返る事がなかったため、みんな新しく出会った人で、私を知らなかった。
だから、こうやって言ってくれることが、嬉しかった。
出発は二日後だった。
よって、次は宿を決めなきゃいけない。
時間にすると48時間。
魔導書を探すのもありだ。
「エリン、余計なことをいってごめんなさいです」
「ふふふ、大丈夫だよ。私がしたたかだったからね。それに、あの言葉があったから逆におじさんも気軽に話しかけてくれてきたのかも。ありがとう」
マリスはほっと胸をなでおろす。
なんでこんなにも人間らしいのだろうか。この港街で聞いてみよう。
「あの人、故郷が助けられたって笑顔でしたね。正直、ドキっとしました。仲間が悪さをしたのかと思って」
「もしかしたらそうかもね。でも、気にしないで。もう終わったことだし」
「はい……エリンは故郷に想いでとかあるんですか? 王都では、何を?」
「私? 王都は故郷じゃないよ?」
「え? どこなんです?」
そういえばマリスにはまだ言ってなかった。
私はこの世界の住人ではない。
日本で生まれて、亡くなって、気づけば赤ちゃんとして生まれ変わっていたのだ。
七番目の勇者としての使命を帯びたのも、実は運命だと思っていた。
でも、そうではなかった。
そう考えると、神様も随分と勝手かもしれない。
でも、楽しいからいいか。
「侍の国だよ。みんな剣を持っていて、鞘が当たると斬り合いするの。復讐は毎日あって、大勢が争って派閥があってね」
何となく時代劇の話を冗談でしたら、マリスが顔面蒼白で驚いていた。
ああ、やっぱりマリスはおもしろい。
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