第4話 お茶の魔導書

「へえ、王都から来たんですか。それはそれはご苦労様です」


 一番近い目的地に到着して、私はまず村長に挨拶に来ていた。

 小さな集落では統括している人がいる。


 挨拶は大事だ。礼儀を重んじている人は多いし、実際に私も大事だと思う。


 ただ――。


「どうも、魔族・・のマリスでございます。以後お見知りおきを」


 隣で三つ指をついているもふもふは、ちょっとやりすぎだと思うけれど。


「こ、こちらこそ? え、あの魔――」

「あ、あの! 家族です。家族! 家族のマリスです!」


 後から気づき、私は慌てて訂正した。

 魔族だなんてバレたら大変なことになる。


 勇者ではなくなったので冒険者などの規定違反ではないが、問題は避けたい。


 後たぶん、マリスが殺される。


 するとそれをわかっていないのか、マリスが私の顔を見て眉をひそめながら、「家族……? いや、魔族……」と呟いていた。

 いや、空気読んで!


「ここへは街の途中で寄ったので、特に何かというわけではないですけれど、何か困ったことなどはありますでしょうか?」


 私は、プレートを見せながら言った。

 これは、魔法大陸教会からもらえるお墨付きで、いわゆる冒険者プレートのようなものだ。


 つまり、盗賊、山賊、魔物といった問題を解決しましょうか? という意味でもある。


「おお、大陸教会の方とは思いませんでした。実は、一つ大きな問題がありまして」

「何でしょうか?」

「西の道に通じる場所にヘビの魔物が根城しており、ずっと通れないのです。冒険者への依頼を頼んではいるのですが、遠方なのでなかなか受けてもらえないんです。費用も安いですから」


 これはよくあることだ。

 小さな村が払える金額と、遠征での金額を考えると割に合わない。

 

 そして駆逐されない魔物は、仲間同士で戦ったりするとどんどん強くなる。

 緊急を要することならば兵士が出向くことはあるが、今のところは被害が出てないので後回しにされているのだろう。


 いつもの私、というか、七番目時代の私なら無償で依頼を受けていた。

 それこそが勇者だと思っていたし、人の笑顔を見るのが好きだった。


 今もそう思っている。


 だけど私は自由に生きると決めた。


 ならば、まずは交渉だ。


「あ、あの、そのあの! よ、よろしければ、ま、魔導書などがあれば、そ、それを頂けませんでしょうか? そ、その代わり魔物を倒します!! 民間魔法だとなお嬉しいです!」


 うわあ……慣れないことを言ったので、声がものすごくうわづってしまった。

 恥ずかしい。もふもふがあれば入りたい。あ、マリスがいた。


「魔導書でしょうか? 大したものではないのですが、そうですね……うちの村ではお茶の葉が良く取れるのですが、魔力を注げば、薄めずに何度か再利用できるものしか――」

「欲しいです。それ、欲しいです!」

「え、こ、こんなものでよろしいのですか?」

「はい、こんなものがいいのです!」


 しまった。これは失礼だった。

 けれども村長さんは、笑顔で頷いてくれた。


 ――バサバサバサバサ。


 ちなみにマリスは、交渉が決まったことが嬉しかったのか、羽で拍手していた。



「――あれかな。確かに大きいヘビだね」


 魔力探知を何度か行ってようやく見つけた。

 ヘビの魔物はめんどうだ。


 何がめんどうなのかというと、普通のヘビと同じで隠れるのが上手なのだ。

 体温を消すのが得意で、魔力も消すのが得意。


 実際にヘビが魔力漲らせるまで気づかないことも多く、初心者冒険者の半数がヘビの魔物によって大怪我をする。


 ちなみに、私も。


 今でも思い出すと、右太ももが酸で溶けたことを思い出す。


 すると私たちの魔力に気づいたヘビの魔物が、その巨大な体躯をうならせながら地面に潜っていった。

 これは予想外だ。


 今まで魔物は見境なく人間を襲っていた。

 まず隠れるなんて、本能とは違う。


「ど、どこに行ったんですかぁ!?」

「うーん、遠くではないはずだけれど……」


 するとそのとき、マリスが「う、うしろ――」と呟いた。

 振り返り、すぐに魔力砲を放つ。


 なるほど、不意打ちを覚えたのか。


 一撃で胴体の半分以上を失ったヘビは倒れこむと、ピクピクと身体を痙攣させながらやがて絶命した。


 リザードマンが王都に現れたときから思っていたが、生態系の異常行動は明らかだ。

 今までの知識が、逆に牙をむく可能性があるかもしれない。


 これは気を引き締めないといけないな。


「ありがとうマリス」

「いえ! でも、よく信じてくれましたね……魔族の僕の……」

「仲間の言葉は疑わないよ」


 この数日だけでも、マリスが悪い魔族ではないとわかった。

 私の考えも改めていくことが大事だ。


 村に戻ると、魔導書を用意してくれていたので受け取り、次の目的地に出発。

 道中で、さっそく習得した。


「す、すごいですね。魔導書って、普通は何日もかかるのでは?」

「よく知ってるね。でも、私はすぐ覚えられるんだよね。これは、二つ目の特技かも」

「ふたつめ?」

「何でもないよ。後、もうすぐできるからまってて」

「え?」


 そして私は、竹筒に入れたお茶をマリスに手渡した。


「熱いから気を付けてね」

「は、はい! ……美味しい」

「ん、ほんとだ美味しい」


 暖かいお茶は、仲間たちと飲んでいた。

 僧侶のエリンが、いつも寝る前に淹れてくれていたのだ。


『はい、寝る前は暖かいお茶が一番ですよ』


 美味しそうに飲むマリスを見て、仲間を思い出した。


 今日も木の上で野営。

 手ごろな場所を見つけて、ローブを脱いで毛布代わりにした。


 そして――。


「じゃあ、僕は眠れないので――」

「マリス、おいで」

「……え?」

「一緒に寝よう。大丈夫、何もしないから」


 昨晩、私は狸寝入りをしていた。すると、マリスが少し怯えているのがわかった。

 きっと、人間と関わるのが実は怖ったのだろう。


 お茶には、睡眠を促す成分が入っている。

 今日、ずっとマリスは眠たそうだった。


「……気づいていたのですか」

「確かに人間は魔族とまだ敵対関係にある。でも、私たちは友達だよ」


 まだまだわからないことはある。

 でも、信じることはできる。


 マリスはいそいそとローブに入ると、少し不安そうにしながら、目を瞑った。


「おやすみ。明日は私が起こしてあげるから」

「……はい、おやすみなさいエリン」


 翌日、私はちゃんと寝過ごして、またフルーツを手渡された。


「おはようございますエリン! 今日のバナナは昨日よりも美味しいよ!」


 ふふふ、やっぱりマリスはいい奴だ



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