第2話 相棒は魔族のもふもふマリス

「……緑しかない」


 自慢じゃないが、私は方向音痴だ。

 でも地図があれば大丈夫。もちろん地図があっても大丈夫じゃないときもあるけど。ちなみに今は地図がある。

 

 いつも仲間に任せていたことを申し訳なく思う。

 みんなに褒められたけれど、やっぱり過大評価されていたかも。


「グガアガアアア」


 今は森の中、どこからともなく魔物の声が聞こえてきた。

 魔物は、強い個体ほどデカい声を出す。


 例外はあるが、大体そう。


 そしておそらく興奮している。


 理由はシンプルで、魔物が叫ぶときは獲物を見つけたときだからだ。


 人間と同じで、一人でボーっとしてるときに突然叫んだりはしない。


 何かを見つけたり、気に入らないことがると叫ぶ。怒る。


 あ、でも私は、たまに何でもないのに叫ぶかも。


 いつもなら真っ先に駆けている。

 でも、もう勇者ではない。


 と、そんなことを考えていたら、既に身体が動いていた。


 視線の先、デカいリザードマン。

 このあたりでは見かけないほど上位な個体種だ。


 そういえば魔王が死んで、魔物の行動が変わってきていると耳にした。



 魔物は魔力に鋭い。私に気づき、声をより一層荒げた。


「――じゃあね」


 そして私は、初級魔法を放つと、最小限の力で魔物を葬った。

 ボム曰く、私の力は異常だという。

 とはいえ、ちゃんと努力で得た魔力なので、褒められるのは嬉しかった。


 しかし変だ。誰もいないのに、本当に一人で叫んでいたのかな?


「た、助けてくれてありがとうございます」

「……ん?」


 声はするが、誰もいない。

 キョロキョロ見渡しても、誰もいない。


「こ、こっちです。こっち」


 ふと上を見上げると、ぶら下がっていたのは――コウモリ……?

 いや、それにしては猫ぐらいの大きさだ。

 そもそもモフモフしている。でも、背中に翼がある。

 頭部には、黒い角が二本――。


「ひゃ、や、やめてください!?」


 私が杖を構えると、モフモフは叫んだ。

 角は、魔族の証だ。こんな小さな個体は見たことがないが、総じて危険で、見かけたら不意打ちでも殺せという魔法大陸教会のルールがある。

 そもそも、魔族の生き残りがめずらしいけれど。


「どうしてここにいるの?」


 魔族がこんな目立つところにいるなんてありえない。

 ……思っていたよりも、世界は平和ではないのかも。

 杖に力を籠める。次の返答次第で――殺す。

 

「や、やめてくだせええ!? ぼ、ボクはいい魔族ですううう」

「なるほど、それじゃあね」

「ひ、ひいいいいい」


 言語を操る魔物も何度か見たけれど、どう猛な魔物が多かった。

 言葉で擬態し、人間を欺いて殺しにかかってくる。


 ……ん、でも変だ。


「なんで魔物に襲われてたの? 魔族は襲われないはずだけど」

「わ、わかんねえっす!?」

「……本当に魔族? 何で王都まで?」

「は、はい。その、人間が見たくて……」

「どういうこと?」

「ま、まずは下ろしてもらえませんか!?」


 変なもふもふ魔族だが、油断はできない。

 とはいえ情報は大事。


 ツタを魔法で切ると、すとんっと落ちてきた。

 逃げられないように、翼を魔法の紐で縛る。手触り、もふもふ。


「げ、厳重ですね!?」

「で、教えてもらっていい?」

「え、ええと……その、ボクは魔族なんですけど、生まれてすぐにとある場所を任されて」

「ふむふむ、それで?」

「は、はい。で、でも魔王様が死んで、それで、みんな散り散りになって命令とかもなくなって――」


 要約すると、魔王が六番目に殺されてしまい、魔族は散り散りとなり、魔王軍は壊滅、解散。


 魔族のほとんどは私が殺したのと、魔王の魔力による強制命令が消えたことで、魔物からの攻撃も受けるようになった。

 で、このもふもふは人間を殺せと言われてとある場所で待機していたが、突然にその任がなくなった。


「そ、それで王都に行けば人間がたくさんいると聞いたので……」

「なるほど、大量に殺せると思ったわけか。――じゃあね」


 するともふもふは、束縛されやがらもぶんぶんと翼と手を振る。

 なんだか愛らしいな。


「ち、違いますよ!? ただの好奇心です。人間を殺せとは言われていましたが、傷つけたこともなければ、会話するのも初めてで!?」


 ……なるほど。

 人を傷つけていないのは本当だろう。

 なぜなら――。


「魔族は嘘をつかないからね。じゃあ、信じるよ」

「よ、良かったです……」

「で、人間をみてどう思ったの?」

「遠くから見ただけですけど……正直、わからないです。僕たちと何も変わらないし、何で人間を殺せなんていってたかどうかも。誰も、何も教えてくれる前に消えていったし……」


 その言葉に、少しだけ心が響いた。

 もふもふは私と同じだ。魔王を殺せと言われて旅に出たが、魔王とは会ってないし、実際に傷つけられてもいない。

 でも魔族や私が出会ってきた魔物は残忍だったし、戦いの末に殺した。


「あなたがそう思ってなくても、人間と出会ったら、おそらく殺されるよ」

「ひ、ひえ!?」


 魔力はそこそこあるみたいだけれど、二級以上の強さがあれば、問答無用で殺されるだろう。

 とはいえ、本当に罪を犯していない魔族を殺すのはどうなんだろうか。


 私は、旅の途中で考えていたことがある。


 人間の中にも悪人はいる。けれども、同じ人間だからといって、別の村にいる人に罪はない。

 魔族も同じではなかろうか。

 魔王が悪だとしても、この無知なもふもふ魔族には罪はないはずだ。


 もし私が勇者のままなら、これは人間への裏切り、大罪だ。

 けれども今は違う。ただの――魔法使い。


「私は……魔族についてもっと知りたいなと思ってたんだよね。君も、人間が知りたいんだよね?」

「そ、そうですね。で、でも、殺されるのは――」

「だったら、一緒に旅をしない?」

「へ? た、旅ですか?」

「私は、くだらない魔導書を集める旅。あなたは、人間がどういうものなのかを知る旅」


 旅は楽しい。でも、仲間がいるともっと楽しい。

 本当にもふもふが罪を犯していないなら、悪い魔族ではない。


 それがわかるのは、魔族と一番戦った私だろう。


 本当に凶悪な魔物は、人間の事をとしか見ていなかった。


 魔族と人間が理解し合えるのか、私はずっと考えていた。


 それに噂の話だが、北の果てに魔族と人間が共同生活をしている村があると聞いたことがある。


 あの時は信じられなかったが、もしかしたら……。


 さっそく目的地が決まった。


 ――北へ行こう。


「……いいですか? 魔族は、人間と仲が悪いんじゃ……」

「そうだね。すっごく悪い。でも、私と君は友達になれるかもしれないよ」

「友達……」


 すると、もふもふは悩んで口を開いた。


「お、お願いします! 人間を知りたいです!」

「じゃあ、よろしくね。私の名前はエリン。七番目の――じゃないや。ただの魔法使いだよ。あなたは?」

「ま、マリスです!」


 マリス……マリス、どこかで聞いたことがあるような……。

 また思い出したらでいいか。


「それと大事なことだけど」

「は、はい」

「もし誰かに危害を加えようとしたら――殺すね」


 するともふもふは、じたばたと翼を動かしたが、ふっと落ち着いた。


「そ、そんなことはしないです。本当に……」

「だと思うよ。じゃあ、まずは次の街に向かおっか。道中、色々聞かせてもらおうかな」

「は、はいです!」


 ふふふ、なんだかいつも明るいドナーに似ている。

 地図とまたにらめっこしていると、マリスが指をさした。


「この道ではなくて、この道だと思いますが」

「マリス」

「ひ、は、はい!?」

「道案内、よろしく」


 もふもふマリス、旅の相棒としてぴったりかも。


「そういえば、魔族も服着るんだね」

「は、はい! 一応、裸というものもなんなので……」


 どちらかというと上着みたいな感じだが、よくみたらボタンが掛け違えている。

 私は、さっそく魔法を詠唱した。


「ひ、ひゃあああ、や、やめてくださああああい!? ……え?」

「凄い、ボタンが完璧に治ってる」

「え? ほ、ほんとだ! 凄い、凄いですエリン!」


 ……もふもふマリス、なんだか可愛いな。

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