第32話 クロト!ダッシュ!

 そこまで陽菜と木陰さんに撫でられて気持ちよさそうに寝ころんでいたクロトが、何の前触れもなく勢いよく立ち上がった。


「わわっ!?」

「きゃっ」


 突然の出来事に、陽菜と木陰さんがビクリと身体を震わせて、驚いたような声を上げる。


 キラキラ女子2人に撫でられて、気持ちよすぎてしんぼうたまらなくなってしまったのだろうか。

 勢いよく立ち上がったクロトは勢いそのままに、四つん這いになっていた陽菜の身体の下をダッシュでくぐり抜ける。


 ダダダダダッ!


 四つん這いの陽菜の股の間から、ぴょんと立てた尻尾で陽菜の短いスカートをはね上げながら、クロトが飛び出てきた。


「あっ、ひぁん――っ」


 なんとも言えない艶めかしい声を上げながら、ビックリしたように、前かがみの体勢から膝を伸ばして、お尻を高く突き上げる陽菜。


 しかしクロトは止まらない。


 後ろで撮影していた俺の腰のところまでクロトはダッシュで登ってくると、そこで器用に180度くるりとターンして、再び高速ダッシュで駆けおりていった。


 な、何がしたかったんだ?


 そしてクロトはそのままの勢いで、まだお尻を突き上げたままの陽菜の股の間を再び通り抜けて、


「あん――っ」


 猫ハウスのあるリビングへと消えていった。


 その間、僅か5秒ほど。

 まさに電光石火の一瞬の出来事だった。


 しかし俺はクロトの一連の行動を、バッチリとスマホ動画に撮り収めていた。


 これ地味にすごくね?

 いきなりのアクシデントにも動じず、被写体をフレームに収めたままで撮影し続けるとか、実は俺ってカメラマンの才能があるのかもしれない。


 いや、たまたまなんだけど。


「ふあ~! びっくりした~! クロトってば、急に走り出すんだもん」

 天高くお尻を突き出した四つん這い体勢から立ち上がった陽菜が、胸に手を当てながら大きく息をはく。


「私もびっくりしたよ~。気持ちよさそうに撫でられてたのに、急に人が変わったみたいだったもんね」

 続いて木陰さんも立ち上がった。


「人っていうか猫だけどな」


「そういえばそうだね。ふふっ」

「おーい、たくみーん。今はそういうことは聞いてないぞー」


 陽菜が俺のほっぺを人差し指でツンツンしてくる。


 つい口から出てしまった、場をしらけさせることしかない俺の寒いツッコミは、しかし。

 陽菜が茶化してくれたおかげで、場の空気を悪くせずに済む。


 さすがキラキラ女子。

 場をキラキラさせる能力がマジ半端ない。


 モブ男子Aの俺ですらも、陽菜のキラキラ力の前ではなんとなくキラキラしてしまいそうになるから不思議だ。


「ごめん、なんとなくツッコんじゃった。まぁ、猫は気分屋って言うもんな」

「私も知識としては知ってたんだけど、今ので実感できたかも。いいもの見れちゃった♪」


 納得するように言った木陰さんは、なんとも嬉しそうだ。

 猫好きってのが伝わってきて、俺もちょっと嬉しくなってしまう。


「まったくクロトってばヤンチャなんだから。いつも冷静沈着なアタシを少しは見習わないとね」


「陽菜ちゃんは割と気分屋だと思うけど」

「えー? そーお?」


「昔は結構ヤンチャだったし。男の子顔負けで、毎日のようにお気に入りのマウンテンバイクを乗り回してたよね?」


「人は成長する生き物だからー」

「成長……してる?」

「しーてーるーしー。ちょおしてるしー。美月のおっぱいくらい成長してるしー」

「わ、私の胸は関係ないでしょ」


 陽菜の手がワキワキしたのを見て、両腕で自分の身体を抱くようにして、胸を隠そうとする木陰さん。

 キラキラ女子が2人仲良くじゃれ合う様子は、実に眼福です。


「へぇ、陽菜ってマウンテンバイクなんか乗ってたんだ。ちょっと意外だ」


「結構似合ってたんだよ? 小学生の頃の話だけどね」


「へー……」


 その時、俺の中で何かがストンといい感じにまとまりそうな感覚があったんだけど、それが何かわかる前に、


「そんなことより、たくみーん。今の撮れてた?」

 陽菜が続く言葉を投げかけてきて、俺は意識をそちらへと向けた。


 俺が何かを思い出して納得することなんて、キラキラ女子たちと会話することに比べたら大したことじゃないからな。

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