第27話「あ、たくみんだ。おはよー!」

「ああ、クロトか……ふぁ、おはよう」


 俺が朝の挨拶をしながら軽く頭を撫でてやると、


 みゃあ! みゃあ!


 クロトは俺の手に小さな頭をグイグイと強く擦りつけ返しながら、何かせがむように大きく鳴いた。

 多分だけどこれは朝ごはんの催促だな。


「ご飯が欲しいのか? ちょっと待ってろよ。今用意してやるから」


 俺はベッドから抜け出ると、クロトを右手に抱えながら部屋を出て、居間にある猫ハウスへと向かった。


 猫ハウスの横にエサ皿を出して昨日買ったカリカリを適当な分量入れてやると、よほどお腹が減っていたのかクロトは勢いよく食べ始めた。


 ガリッ、カリカリ、ガリ、ガリ、カリカリカリカリ――。


 すぐに空っぽになったのでカリカリを追加してあげたのだが、クロトはそれには口を付けなかった。


「まぁ、昼にでも食べるだろ」


 みゃあ!


 俺は食べ終えて満足げに鳴いたクロトを抱えて、今度はリビングの隅に置いた猫トイレへと運ぶと、いっぱいの猫砂の上に置いて言い聞かせる。


「いいなクロト。トイレはここでするんだぞ? 絶対に他の所でしちゃだめだからな」


 みゃあ!


「よーし、いい返事だ」


 きっとわかってくれたはず。

 信じてるぞ、クロト。


 その後、食べて眠たくなったのか、クロトはすぐに猫ハウスの中で眠ってしまった。


「よく寝るなぁ。子猫がよく寝るらしいってのは、ほんとみたいだ」


 なんとなく知っていたことを、実体験として納得する俺だった。



 クロトの朝の面倒を見終えた俺は、朝ごはんにトーストを2枚――1枚ははちみつ&バターで、もう1つはハムとチーズをのせたオープンサンドで――食べてから制服に着替えると、高校に向かった。


 歩きながら改めてこれからのことを考える。


「陽菜と木陰さんとどんな顔をして会えばいいんだろ? さすがに学校で昨日みたいに馴れ馴れしくするのは、2人に迷惑だよな」


 キラキラ女子と、その他大勢のモブ男子A。

 俺たちはクラスメイトではあっても、しかし与えられた役割が異なる存在だ。


 事実、昨日クロトを助けるまで、俺は2人と会話をしたことがなかった。


 過度なコンタクトは向こうもいい迷惑だろう。


 ちょっと仲良くなったからって、調子乗っているとか思われたくないし、2人と仲良さげなことで他の男子からやっかみを受けるのも嫌だった。


 ってわけで、なるべく今まで通りに接することにしよう。


「でも朝の挨拶くらいはオーケーだよな? 一応、俺たち友だちなんだし。知らんぷりするのは逆に不自然だよな」


 だがそれも近距離での話であって、遠い距離でわざわざ大きな声を出してまでするのはやめておこう。

 迷惑だろうし、俺もちょっと恥ずかしい。


 などと。

 やや消極的なシミュレーションを重ねながら、俺は少なくない緊張を伴いながら自分の教室に入ったのだが――。


「あ、たくみんだ。おはよー!」


 教室に入ったとたんに陽菜の元気な声が飛んできた。

 しかも教室の一番奥にある陽菜の席――キラキラ女子たちが普段会話に花を咲かせているキラキラゾーンから。


「あ、えっと、おはよう」

 なんとか挨拶を返すが、教室中の視線が一気に俺へと集まっているのがわかった。


 そりゃそうだ。

 1年生美少女ツートップの一角を担うキラキラ女子の天野陽菜が、今まで何の接点もなかったモブ男子Aに、自分から挨拶をしたのだから。


 みんな興味津々ってなもんだろう。


 しかも挨拶してきたのは陽菜だけではない。


「おはよう」

 陽菜に続いて、木陰さんも挨拶をしてきた。


 まぁその。

 実を言うと、小さな声すぎて俺には聞こえてはいなかったのだが。

 だけど木陰さんの口は確かにそう動いていた。


 その証拠に、口が動くと同時に木陰さんの左手の平がほんの一瞬、秘密の合図をするかのごとく小さく開いて手のひらを見せたかと思ったら、また閉じた。


 いかにも恥ずかしがり屋の木陰さんらしいなと思った。

 シャイな木陰さんが、教室で堂々と男子に挨拶をするわけがないもんな。


 そんな木陰さんに、こっちから大きな声で挨拶を返すのはよくないと判断して、俺も同じように小さく手を開くことで挨拶を返す。


 木陰さんと鏡写しのように俺がほんの小さく右手開くと、木陰さんは少し控えめな、だけどすごく嬉しそうな笑顔を向けてくれた。


 やばい。

 元気な陽菜と、控えめな木陰さん。


 くぅ!

 2人とも可愛すぎる。


 ただの挨拶だってのはわかってはいるんだけど、それでも胸がドキドキしてしまうのが男子の悲しい思春期だった。


 いやほんと、朝からこんな幸せな気分になってしまっていいのだろうか?


 と、そこで俺はクラスメイト達の視線にさらされていることに、改めて意識がいった。

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